…時間が迫ってたワケじゃ
なかったけど
何かふたり
気まずい時間を
作りたくはない。
繁華街の
路地の奥まったトコロに
その映画館は立っていて。
「みんな並んでるよ」
「それは隣りでやってる
ラブロマンス映画の列だろ」
セイがやっとまともに
口を利いた。
「B級カンフーなんてやめて
こっちにしない?」
「…ラブロマンスがいいなら
あっちの映画館の方が
顔が利く」
セイが私の手を引っ張って
路地のさらに奥にある
映画館に連れ込んだ。
「あら、セイちゃん」
「ちわ!」
セイはその映画館に
顔パスで入って行く。
「…ここラブロマンスの
映画館なんだよね」
ロビーには
ひとっこひとり
お客さんがいなくって。
「セイちゃん
あと3分で上映するよ」
後ろからチケットもぎの
オジサンが声を掛けてきた。
真っ暗な中
セイが手探りで空席を探す。
すんなりと
後ろの真ん中の席を
キープして
セイが初めて
私の手を離した。
…掌が汗ばんでいるのは
私の汗なのか。
狭い座席に
セイが足を広げて
イスからずり落ちそうな
座り方をする。
「行儀悪いよ。セイ」
私はセイに耳打ちした。
「こんなトコにくるヤツは
みんなこんなカンジで
観てるっしょ」
「…こんなトコ?」
みんな?
妙なセイのセリフに
私はゆっくりと
周りを見渡した。
暗闇に目が慣れてきて
座席の前の
お客さんのアタマが
ハッキリと見える。
「あれ?」
何か変だぞ…。
「ここラブロマンスの映画
やってるんだよね?」
「……」
「何か…
オトコのヒトしか
いないような
気がするんだけど」
「…ま、そうだな」
「そうだなって
セイッ、アンタッ!!」
ブーーーーー!
上映開始のブザーが鳴って
スクリーンに
薔薇のマークが
大映しされる。