乱れ咲き♂016
煙があんなに近くに
見えていたのに
走っても
走っても
肝心のホテルには
辿り着かない。
信号に足止めされる度に
傍に公衆電話がないか
探しているのだが
なかなか見当たらないモノで。
たまにコンビニなんかに
備えつけを見つけても
誰かが長電話してたりして。
「ケータイがないって
とっても不便だッ」
ケータイを
持たせて貰っている
ありがたさを
身を持って感じた。
…セイのコトだから
大丈夫だ、って
信じたいけど。
セイはときどき
自信過剰すぎて
相手をナメて
気を抜いたりするコトが
あるから
かなり不安だ。
こんなコトなら
あのとき
テルさんがセイに電話を
掛けようとしたのを
止めたりするんじゃ
なかった。
後悔ばかりが
アタマの中を駆け巡る。
私はセイみたいに
賢くないから
セイが
何をしようとしているのか
想像もつかなくて。
セイと別れて
何だかんだ、しているうちに
かれこれ1時間は
経ってしまっている。
ニュースになるくらいの
火事なら
警察のヒトだって
たくさん来てるハズで。
例え、セイが
火事と関係していなくても
怪しい部外者が
ホテルをウロウロしていたら
目につくに決まってて。
ただでさえ
目立つ容姿をしてるのにッ。
…ややこしいコトに
なってなければ
いいけれど。
信号待ちする足元も
青信号を待ちきれなくて
ついつい
その場足踏みしてしまうッ。
そもそも
ホテル火災なんて
規模は
どれくらいだったのか。
火元はどこなのか。
負傷者とか
出てはいないのか。
慌ててタクシーを
飛び出すんじゃなくて
ちゃんとニュースを
最後まで聴くべきだったのに。
…ケンちゃんは
無事に避難させて
貰えたのだろうか。
心配と不安だけが
足踏みする度に
募っていく。
さっきから
アタマの中で
懐かしの映画のテーマ曲が
繰り返し流れていて。
私の気持ちを
より昂揚させて…。
って。
「ん?」
違うッ。
アタマの中で
鳴っているんじゃないッ。
私は自分のポケットの中から
パパのケータイを
取り出したッ。
鳴っていたのは
パパのケータイで。
「何でッ!?
ロックかかってたんじゃ
なかったのッ!?」
私は焦りながら
パパのケータイに出るッ。
『…おまえは俺に
何回コールさせれば
気が済むんだ』
低いトーンで
ケータイの向こう
『どこまで
おバカなんだかなッ』
セイが私を罵っててッ。
『ロックなんて
遠隔操作で簡単に
解除できるに
決まってるだろ〜がッ』
「そんなの知らないモンッ」
って、ゆ〜かッ。
「だったら
最初から解除しててよねッ」
『おまえこそ
どうして
父さんにケータイを
返しにいかないんだ』
「…だってッ」
セイのコトが
心配だったから。
『父さん
ケータイなくて
不安に思ってるんじゃ
ないか、って
思わないのか?』
…わかってるよッ。
「それでも
セイの方が
心配だったんだから
しょうがないでしょッ!!」
『……』
「どうして黙るのよッ!」
『…いや。
おバカのトーコに
心配されるとは
俺も落ちたモノだな、と』
どういう意味だッ!?
『嬉しいよ』
え。
『嬉しいけど
ハッキリ言って
足手まとい』
「……」
『ちゃんと
夜までには決着つけて
帰るから
家で
母さんの傍にいてくれ』
セイは
どこまでも親思いで。
『さっきから
”ケンちゃんは
大丈夫なの?”
”どうしてアドレスが
トーコの名前に
なってるの”、って
メールの返信だけでも
大変だからさ』
…そんなメール
適当に無視しちゃって
後でフォローすればいいのに。
だけど
それが出来ないトコロが
セイといえばセイらしい。
「…でも
ホテルの近くまで
来ちゃってるモノ」
『タクシーに
乗ったんだってな。
そのまま降りずに
家に帰ったら
タクシー代は
俺が持ってやる』
…降りちゃってますけどッ。
『もしそのまま
ホテルで降りたら
タクシー代は自分で払え』
「1万円も払えないからッ」
『……』
「……」
『父さんの会社の近くからだと
2、3千円だろ?』
「タクシードライバーさんが
道に迷ったからッ!!!」
『…ドライバーのミスなら
おまえが払う必要は
ないだろう』
…苦しい言い訳だったかッ。
「道が渋滞しててッ」
『…さっきから
おまえがホテルで降りるのを
前提に話を進めてるけど』
もしかして
途中降車したか、って
セイってば
鋭すぎでッッ…!
『まさかとは思うが
釣りはいらない、とか言って
見栄を張ったんじゃ
ないだろうな』
「……」
『どうした。
何故、答えないッ』
え〜ん。
コワイよおおおおお。
お金持ってるくせに
どうしてこんなに
お金に細かいんだよおおお。
「五百万枚のうちの
ほんの1枚だよッ!?」
『…とんでもない悪女だな』
いかんッ。
何か話が
どんどん私が
不利な方へ不利な方へと
流れていてッ。
「そう言うセイこそ
今、どこにいるのよッ」
『都内某所』
「私が
四文字熟語に弱いと思って
バカにしてッ」
『都内某所、って
四文字熟語じゃ
ないんだけれど』
「テストに出ないなら
どっちでも
いいじゃないッ」
『どういう理屈だ…』
「ホテルって
今、火事なんでしょッ!?
ケンちゃん達は
無事に避難できたのッ!?」
『さあ…』
さあ、って、アンタッ!!!
『いろいろVIPとか
泊まってるホテルだから
大袈裟に報道されて
いるんだと思うけど』
…大袈裟、ってッ。
『とにかく現場は
混乱してるから
おまえみたいな
物見遊山は遠慮してくれ』
「面白がって
火事を観に行きたい、って
言ってるんじゃ
ないんだからッ」
『それに
火災って言ってもさ。
燃えてるのは
ホテルじゃなくて
屋上に停めてあった
ヘリだから』
え。
『油が燃えてるから
まっ黒な煙が上がってる』
私は前方の空を見た。
だけど。
「そのヘリコプターとやらに
火つけしたのは
まさか
セイじゃないよね?」
『……』
何故、黙り込むかなッ!!!
『…トーコ、おまえさあ。
俺のコト
いったいどんな人間だと
思ってるワケ?』
ケータイの向こう
セイが溜息をついていてッ。
あっはっは。
疑われたのが
余程のショックだったらしい。
「やだな〜、セイ。
冗談に決まって〜…」
ブチッ。
言い訳の途中で
電話を切られたッ。
まさか
図星されての
電話ブッチだとかッ。
「怪しいッ。怪しすぎだッ」
パパのケータイで
セイのケータイに
掛け直しても
留守番電話に
変わっていてッ。
「…直接、火をつけてなくても
ヤツは絶対
何か火災に関わってるッ!」
私はケータイを
ポケットに入れて
青信号を
一番に飛び出した。
渋滞を避けるために
迂回する車に
何度も轢かれそうに
なりながらも
なんとか
ホテルの近くの公園まで
辿り着く。
公園を超えると
正面にそびえているのが
かの有名な
超高級ホテル、で。
公園では
ホテルを取り囲むように
ヒトの輪が
二重、三重に出来ていた。
火事ってゆ〜のは
どうしてこんなに
見物人を集めてしまうのかッ。
ロープが張られていて
これ以上
ホテルに近づけない。
…セイがどこかに
いるハズなんだけど。
私はホテルの周囲を
取りあえず回ってみる。
入口にはホテルマン。
正面玄関だけじゃなく
駐車場の入り口までも
警察署や消防署の署員らしい
ヒト達が
ひっきりなしに
出入りしていて。
物々しい。
宿泊客らしきヒトが
出入りする度に
ボディチェックを
受けていて。
「あれ?」
地下の駐車場から
歩いて出てくるあの女性!
おおきなサングラスに
派手なスカーフで
栗色のロングヘアを
70年代風にまとめてるけど。
いかにも
ヘア・ウィッグっぽい。
あの長い手足に
広い肩幅は
隠そうとしても
明らかに目立って見える。
「ジュナさんッ!?」
私は不用意に
その女性に
声を掛けてしまった。
「……」
こっちに気づいたのか
顔を隠すように
コートの襟を立て直して
慌てるようにして
タクシーに乗り込んで
ホテルを後にした。
「…やっぱり
ジュナさんだったんだ」
だけど。
どういうコトなんだろう。
ジュナさんは
野生の少女と
いっしょじゃなかった。
「あんなちいさい子を
いったい誰に
預けているんだろう」
しかも火事なんて
大騒動の後に。
「…ケンちゃんは
まだ
このホテルにいるのだろうか」
あ。
待てよ。
「パパのケータイが
使えるように
なってたんだった!」
私はパパのケータイから
再度
ジュナさんのケータイに
連絡をいれてみた。
「…出ない、な」
コール音は確かに
なっているのだけれど。
もしかしてジュナさん。
ケータイごと
犯人にケンちゃんを
さらわれたとか…。
「……」
私はケータイを
鳴らすのをやめた。
「…セイにメールして
ホテルの傍まで
来てるコト知らせておこう」
私は植え込みの陰に
隠れるようにして
私はパパのケータイで
メールを打つコトにした。
「え〜と、宛先、宛先…」
セイの新しいメアド。
自分の名前が使われてたのは
覚えていたけど
「姓と名の間って
アンダーバーで
区切ってたっけ?
それとも…???」
アドレスが一文字違うだけで
間違いメールになるってのは
おバカな私でも知っている。
「ううう〜ん」
私はすっかりケータイに
気を取られていて。
「フリーズ!」
そのスキだらけの背中に
何か固いモノを
押しつけられる。
「……」
…フリーズって
言ったよね?
確か、「動くな」って
意味だったよね。
そんなコト言われなくても
もう私のカラダは
恐怖のあまり
固まっちゃってますけどッ。
「ウォーク」
…もしかして
歩けって、言ってますかッ。
その人物は
私の背中を
押し出そうとしていた。
声をボイスチェンジャーで
変えているのか。
オトコかオンナかも
わからない。
「……」
そのまま私は
公園の植え込みの中を
その人物に
どんどん奥へと
誘導される。
公衆トイレの裏。
誰も立ち入りそうにない
臭いニオイ。
そのまま
外壁に顔を押しつけられた!
「どこに隠した?」
日本語!
「…隠したって何を!?」
言い返した途端
髪の毛を後ろから
鷲掴みにされ
ドガッ!
ドガッ!
何度も何度も
顔を外壁に打ちつけられる。
目の前の壁が
あっという間に
鮮血で染まった。
「どこに隠した!」
同じ質問の繰り返し。
何のコト、って
訊きたいのに
「ッ…!!!!!!!」
湿布された足首を
蹴りつけられて
私は声も出せずに
その場に倒れ込む…。
百花繚乱☆乱れ咲き
乱れ咲き♂016
≪〜完〜≫
この作品をお読みになった
感想をお寄せください。
下記の感想の中から
ひとつ選び
【いいね!】ボタンを押すと
お楽しみスペシャル画像が
ご覧戴けます。
絵柄は予告なく
気まぐれに更新されます。