乱れ咲き♂027
「いらっしゃい」
セイが私の背中から
足を下ろして
ドアの方に向き直った。
「やっぱり
ここにいたんだね」
「おう?」
セイの招待した客人は
少女のアタマを
クシャリ、と撫でる。
「老いぼれッ!
キサマは誰だッ!」
「ケンちゃんッ」
私は
足をちょっと引きずりながら
少女を客人から引き離した。
「あれ?
ニッタさんは?」
「アイツは今
不法侵入者を追っかけててね」
代わりに
自分が来たんだ、って
おやっさん刑事が
セイに笑いかける。
「…まあ、どっちでもいいや」
って
セイは
テーブルの上の
折り紙に手を伸ばすと
また”集会所”の制作に
取り掛かった。
…まだ折り紙を続けてるのは
ゲストが代理だという
不満の表れかッ。
だけど
何でニッタさんを迎えるのに
ピンクの蓮の花だったのかッ。
ニッタさんの
ロリータ嗜好への
皮肉の気持ちを表したつもり
だったのでしょうか。
セイのやるコトは
よくわかりませんッ。
「お邪魔するよ」
「むむッ」
おやっさんに
足場にしていたイスを
奪われ
少女の眉間に
深々とシワが寄るッ。
…どうしたんだろう。
この子は
見た目の悪いヒトには
好意的なハズなのに…。
なんて
そんなコトを
考えてしまう私は
かなり失礼なヤツですか。
「……」
ひとり
ドアに向って猛省した。
「写真で見るより
迫力があるカンジだね」
少女を初めて見た感想を
述べると
おやっさんは
ジュナさんに近づいて
「さっきはどうも」と
テーブルの向い側に座った。
「……」
ジュナさんは
おやっさんから
視線を外すようにして
そっぽを向いていて。
「さっきオトコが
この部屋を覗きに来ていた
ようだったけど」
って。
おやっさんのセリフに
ジュナさんが
初めて顔を上げる。
「以前、検挙したコトが
あるヤツでね。
ホテルマンに連絡を貰って
駆けつけたんだけど」
入れ違いに
なったようでね、って
隣りに座っていたセイに
背中を向けるようにして
足を組み
斜に座り直した。
「……」
ひょこひょこ、と
足を引きずりながら
私は少女の背中を押しながら
ジュナさんの後ろを通って
ジュナさんの隣りの
ソファーに座る。
少女は私の足元の
カーペットの上を
陣取った。
テーブルとソファーの谷間から
目から上だけ出して
「……」
ギラギラした目で
少女はおやっさんを
威嚇する。
「検挙、って何の?」
セイが
折り紙の手を止めずに
おやっさんに
タメ口を利くッ。
「…名誉棄損と
脅迫、だったかな」
おやっさんは
セイに背中を向けたまま
答えていた。
「微罪だね。
書類送検ってトコ?
それとも
金で示談にされた、とか」
「…そんなトコだ」
セイの質問に答えながらも
おやっさんは
ジュナさんから目を離さない。
まるで
ジュナさんに
疑いでも
持っているかのようで。
…カンジ悪いッ。
「あのオトコ
ここで昔
『彼』のスタッフとして
雇われていたんだってね」
「…それは
ここにいるジュナさんの方が
詳しいんじゃないのかな?」
おやっさんは
セイの問い掛けを
意味深な言い方で
ジュナさんに
振り直したりしてッ。
…ますますカンジ悪いぞッ。
なのに
「何だかずいぶん熱心に
『彼』に入れ込んでいた
みたいだけれどさ」
セイは構わず
話し続けていた。
「名誉棄損に脅迫、だなんて
どうせ、ネットに
あるコトないコト書き込んで
訴えられちゃったんでしょ」
ほら、おまえも
手を動かせ、って
セイは少女に
折り紙を押しつける。
「そう言えば
掲示板の書き込みの中で
ここのホテルの
前のオーナーのコトとか
内部事情に詳しいヤツしか
知り得ないコトを
自慢げに
書き込んでいたヤツが
いたなあ」
セイが引き出しの中の
出来上がった蓮の花達を
長い腕でひとかきして。
おやっさんが
初めてセイの方に
カラダを向けた。
「…キミも当時
あの掲示板に書き込みとか
してたクチなのかな?」
「俺、当時はまだ
イタイケな小学生でしたけど」
イタイケなどでは
ありませんでしたが
確かに
真面目な小学生では
ありましたッ。
「それはおかしいな。
そのスレッドは
管理者によって削除されていて
今は読めないハズだけど」
おやっさんの誘導尋問に
見事にハメられるッ。
なのにッ。
セイってば
「あの掲示板が
管理者によって
削除されるのは
裁判所の命令が
あったときなんだよね?」
なんて
セイってば
涼しい顔で
話を続けているけれどッ。
どこからくるッ
その余裕ッ!!!!
「誰かのパソコンに侵入して
その情報を得たのかな?」
おやっさんも
ここぞとばかりに
高校生相手に容赦ないッ。
だけどッ。
「当時の裁判所の
裁判記録を見ましたから」
なんて
もっともらしいコトを
サラッと言ってのけるッ
セイッ。
アンタのその才能は
もっと社会の
お役に立てるようなコトに
使った方がいいと思いますッ。
「…裁判記録、か」
あのおやっさんも
さすがにツッコミ切れずに
長考を始めたかッ。
今度は
少女に視線を移して
長々と黙り込み始めた。
少女が
おやっさんの視線に
気づいて
キッと睨み返してる。
「…何か
嫌われてるようだが」
「この子の中にいる『彼』が
アナタのコトを
許さない、って
怒っているんだと思います」
ジュナさんが
重い口を開いて
少女に負けないくらいの
キツイ眼差しを
おやっさんに向けた。
「…どうして。
そう思うのかな?」
おやっさんは
穏やかな口調で
ジュナさんに
笑い掛けたけどッ。
それって
もしかしてッ
このオジサン刑事が犯人だ、と
言っているので
しょうかああああああ!?
私は思わず
少女の腕を掴んでッ
「!!!!!!!」
少女に
噛みつき返されたッ。
みょおおおおおおおほほ。
痛みに
もんぞり返る私に
「ミネ討ちじゃッ。
傷は浅いッ」
なんてッ
幼児のクセに
時代劇の見過ぎですううう。
「セッ、セイッ」
ぱくぱく、と
犯人じゃないか、って
私が身ぶり手ぶりで
伝えようとしているのにッ。
「…ふッ」
なんてッ
この非常事態を
一笑にふしてしまうのは
止めてくださいッ。
犯人ですッ。
犯人ですッ。
ジュナさんは
犯人だ、と
言っているんですッッ!!!
「…どういう意味かな?」
ほらッ!
犯人だ、と暗に指摘されて
おやっさんが
ジュナさんを
凝視しているッッ!
「…アナタは『彼』が
死んだとき
ヒメを『彼』の亡骸から
引き離したから」
え。
「…あの?」
ジュナさんは
何の話をしているので
しょうかッッ!?
「さっき
この部屋を3人で
訪ねてこられたとき
アナタは私に
”初めまして”と
言ってましたけど
私、アナタに
会うのは2回目です」
「……」
ジュナさんの独白に
おやっさんは
少し驚いた顔をして。
「…ああ、そうか。
そう言えば
彼女を取り調べる為に
署に連れて行こうとしたとき
『彼』の亡骸の傍に
確かもうひとり
オンナノコがいた」
あのときの
オンナノコか、って
おやっさんの口の端が
少し上がった。
…意外な接点。
「取り調べ、って、何の?」
セイが話に割り込んでくる。
「お金よ」
ジュナさんが
投げやりに答えた。
「『彼』の財産を
ヒメが自分のモノにしようと
画策しているのでは、って
怪文書が
『彼』のパトロンの
弁護士の元に届いていた
らしくって、ね」
ジュナさんが
初めて私達の前で
真相を明らかにする。
「弁護士が
当時の『彼』の主治医を
アメリカに呼び寄せて
事情を聴いていたときに
運悪く
『彼』が亡くなってしまって」
「…疑いが掛けられて
取り調べられていたのは
彼女だけではないよ」
「あの看護師の女性でしょ!
知ってるわよ!!」
おやっさんの余計な補足に
ジュナさんの語尾が上がった。
「取り調べの直後
亡くなられたんですってね!
駅のホームから落下して!
自殺だったんじゃ
ないか、って
ニュースで見たわ!」
「……」
「ヒメも取り調べに
相当ショックを
受けていた、って
アニキも言ってたけど!
アナタ達はいったい
どんな厳しい取り調べを
していたのよ…!!」
あのジュナさんが
取り乱していて
…恐かった。
「あの看護師さん
すんごくいいヒトで!
『彼』に対して
本当によく
つくしてくれていたのに!」
『彼』が呼吸器不全を
起こしたのは
看護師さんがわざと
職務怠慢して
『彼』の傍を
離れていたせいだ、って
「まるでヒメと共謀して
『彼』を殺したみたいに
決めつけて…!」
ジュナさんが
イッキに思いの丈を
吐き出すと
「…それが
我々の仕事、だからね」
おやっさんが
火に油を注ぐようなコトを
言う。
「罪もないヒトを
追い詰めるのが
仕事なワケッ!?」
ジュナさんが
思わず立ち上がる。
「『彼』の死が世間に漏れて
大騒ぎになったときだって
ネットで
彼女達が
無茶苦茶書かれていたの
知らないの!?」
取り調べの直後に
自殺したのは
身に覚えがあるからだ、と
叩かれて。
「彼女がお墓の下
何も言えないのをいいコトに
未だにネットで
中傷を繰り返されている
この現状を
この痛みを
アナタ達はちっとも
わかってない…!」
「彼女は責任感の強い
看護師だったからね」
いつか
その名誉が
回復される日が来るコトを
願っている、って
おやっさんが呟いた。
「時間が解決してくれる
みたいなコト
言ってないで
ネットに酷い書き込みを
無責任にしているヤツらを
積極的に取り締まったら
どうなのよ!!!」
「…名誉棄損や脅迫じゃ
たいした罪にならないし
捕まえて訴えても
たいして現状は
変わらないってコトは
さっきのオトコが
よく証明してくれてるじゃん」
我関せずと言わんばかりに
折り紙を折っていたセイが
再びふたりの会話に
割り入ってくる。
「あのオトコを
裁判所に訴えたの
たぶんこのホテルの
元オーナーなんでしょ?」
『彼』なんて
有名人が絡んだ
パトロンとのホモ疑惑裁判。
「マスコミが飛びつきそうな
モノなのに
一切、報道もされなかったし」
そんな圧力を掛けられる
人物なんて
そうはいない、って
セイが想像で
モノを言っていてッ。
…知らないからねッ。
私は3人に背中を向け
話の輪から
外れるようにして
少女の隣り
折り紙を折り始めた。
「トーコッ。へたくそッ!
しッ、しッ!」
「……」
そんな意地悪、言わずに
仲間に入れてくださいッ。
「でも変なんだよな。
裁判までして
訴えたオトコが持っている
カードキー
未だに使えるなんてさ」
「…そうよね」
ジュナさんが
セイの意見に同調する。
…確かに
セイの言う通りだ。
「それにさ。
ホテルマンが
そのオトコを見つけて
警察に通報した、って
アンタ、さっき
言ってたけど」
こんな超一流のホテルが
そんな人間の身柄も確保せず
VIP専用のエレベーターに
乗ってるのを
あえて見逃すなんて
「不自然すぎない?」
「……」
セイの疑問に
おやっさんは
即答を避けているけど
何だか
その表情を確かめるのが
恐くて
私は振り返れずにいた。
「立派な不法侵入罪だよね。
ホテルのヒトが
現行犯として捕まえて
引き渡すコトだって
できたんだよね?」
なのに
それをさせなかったのは
「あのオトコを
何かの意図を持って
わざと泳がせているとか?」
「……」
シュッシュ、と
少女の折り紙を
さばく音だけが
部屋に響いていて。
…セイの推理も
恐いけどッ
その推理を
否定しようとしない
おやっさんの態度は
もっと恐いん
ですけれどおおおおお。
シュッシュッ。
なので
私もこの際
折り紙作業に
没頭させて戴きますッ。
「…まさか
今回の脅迫事件の犯人って
アイツ、だとか…?」
ジュナさんの声が
沈黙を破って
「アイツが
ヒメを逆恨みして
こんなコトを…!?」
逆上した。
「…あのオトコは
有力な容疑者ではあるが」
おやっさんのコトバに
「容疑者に
仕立て上げるのに
好都合なオトコ、の
間違いでしょ?」
なんて
セイがとんでもないコトを
口走るッッッ!!!!
「すみませんッ!
この子、天の邪鬼でッ!
世の中のモノが全て
歪んで見えるみたいでッ」
私は手元にあった
クッションを
セイの顔面に投げつけたッ。
「…何すんだよッ」
「セイは
もう黙ってなさいッッ!!!」
警察を
これ以上怒らせて
敵に回したら
不法侵入。
幼児略取誘拐。
何かインネンつけられて
補導でもされたら
どうすんのッッ。
「…歪んで
見えるんじゃなくて
世の中は歪んでるんだよッ」
セイは少女に
クッションを持たせると
「好きなだけ殴っていいぞ」
「うほッ♪」
私は部屋中を
少女に追い掛け回されるッ。
私の足の状態を
わかってて
セイってば、マジ
信じられませんッッ!!!
「例えばさ。
今回のヘリの炎上だって
このホテルと警察が
手を組んだ自演、ってコトは
考えられない?」
セイッ!
アンタは何
考えてるんですかああああ。
「アイツは
熱心な信者だからさ。
『彼』の名を借りて
信者を集めれば
まずどこかに
混じってくるだろう、って」
憶測でモノを言うのは
やめましょおおおおおおッ。
「大勢の信者の中から
あのオトコを見つけ出すのに
このホテル程
都合のいい場所はない」
セイは堂々と
自論を展開してみせてるけど。
「…でも。
私がこのホテルに
この子を連れ込むなんて
このヒト達には
予測なんて
出来なかったハズ…」
ジュナさんが
疑問を口にする。
「ジュナさんが
このホテルを
選んだんじゃない。
選ばされた、んだよ」
「え?」
「そうだよね?
刑事さん?」
セイは思わせぶりに
おやっさんを見て
そして、続けた。
「ジュナさんが
身を寄せそうな場所には
あらかじめ
警官を張らせて
寄りつけないように
してたんだよね?」
「……」
「ヘリの炎上が
予告されていた、と
言ってたけどさ」
このホテルマンは
ジュナさんの顔を
知っているのに
あのオトコのコトは
通報して
「どうして
ジュナさん達のコトは
通報しなかったのか、って
疑問に思わない?」
…確かにそうだ。
「ジュナさんの車だって
案外、警察のヤラセ
だったんじゃないの?」
「ジュナくんの車は
ただの整備不良だったよ。
もう何年も乗ってなかった
みたいだね。
車検にも
出してなかったようだし」
おやっさんが
初めてセイの想像に
釈明する意志を見せた。
「…ここ何年かは
日本に殆どいなかったから」
ジュナさんが
言い訳して。
「たまたま
車は炎上したけれど
何かちょっとした
トラブルでも起これば
まるでそれは
犯人からのメッセージに
見えるからね」
警察不審のジュナさんに
この子を預けてなんて
いられない、って
思わせるのは
確かに簡単だったかも
しれない。
「それにさ。俺。
アンタと関われば関わる程
すんごい違和感を
募らせてるコトがあってさ」
セイが
おやっさんの方に
カラダを向きなおして。
「さっきみたいに
鋭い推理が出来るヒトが
おおきな荷物を持って
タコ焼きを食べていた
俺達に
事件を見ていないか、って
声を掛けるのって
無理がない?」
…セイの指摘する通りだ。
近所に住んでいる
旅行帰り、もしくは
旅行へ行こうとしている
人間なら
家が目の前にあるのに
タコ焼きを
買い食いしてるなんて
普通なら
ちょっと考えられない。
なのに
そんな私達を選んで
どうして
事件の聞き込みなんて
してきたのか。
「形だけの聞き込み
だったからでしょ?」
解決する意思なんて
なかったから
「ちょっとおマヌケな
ニッタ刑事主導で
聞き込みを
していたのかな、って
勘繰りたくなって
しまうんだよね」
「……」
「ヒメミヤさんの
奥さんの事故ってさあ」
誰かが
故意にやったんじゃなく
「案外、関係のない車が
事故を起こすよう
仕向けられた結果
だったりして」
「…キミは空想力が
ずいぶん長けているようだが
推理小説家になるには
世間を知らなさすぎるね」
おやっさんは
鼻で笑っているけれど。
「例えば
事故を起こした車、って
覆面パトカーに
追いかけられて
逃走中だったとか、さ」
…気をつけよう。
暗い夜道としゃべりすぎ。
過ぎた口は
わが身を危うくする、って
セイはもっと
世の中を
学んでおくべきだった。
百花繚乱☆乱れ咲き
乱れ咲き♂027
≪〜完〜≫
この作品をお読みになった
感想をお寄せください。
下記の感想の中から
ひとつ選び
【いいね!】ボタンを押すと
お楽しみスペシャル画像が
ご覧戴けます。
絵柄は予告なく
気まぐれに更新されます。