「……」
私は
制服のセーターの袖で
ゴシゴシ、と
瞳に溜まった後悔を
乱暴に擦り落した。
ぐっ、と
唾を飲み込んで
私はセイ達のいる
2階のテラス席に
しっかりと視点を定める。
「セイッ、あのね、私ねッ」
それはもう
勇気を振り絞って出した
セリフだったのに。
「ジイチャン
次の店、行こっか!」
セイのおおきな声が
私の勇気を
あっけなく両断した。
「おお、そうじゃのう」
どこがいいかのう、って
おじいちゃんは
サングラスを少しズラして
黒革の手帳を
チェックする。
「粋なお姐さん達と
遊びたいかな〜」
斜めに被った帽子を
押さえながら
セイが
大理石の階段を
ゆったり優雅に
羽根を広げた
オオワシのように
降りてきた。
そのあまりの迫力に
ごくり、と
息を飲んでしまう。
声を掛けたいのに
掛けるチャンスなのに
私のカラダは
どうして
固まってしまって
いるんだろう。
セイは躊躇なく
真っ赤なカーペットの上を
こっちに向って
真っ直ぐに歩いてくる。
セイッ、お願い!
私に声を掛けてッッ。
セイを直視できずに
カーペットの下に
思わず視線を
落としてしまっていた
私の横を
華やかなオーラが
通り過ぎて行こうとした。
「セイッ」
私がセイの着ていた
毛皮を掴むと
するり、と
セイのカラダが
毛皮から脱皮して。
鮮やかな蝶のような
繊細でしなやかな腕が
空間に弧を描く。
「おバカなオコチャマは
とっとと
自分のおウチに戻るんだな」