しあわせの選択


帰りの車の中。

ジュンニイは
沈黙を嫌うかのように
音楽をかけ始めた。


どこの国の曲なのか。

歌詞が聞き取れないその曲は
私の耳を素通りしていく。


ハンドルを握るその指が
リズムを刻んでいるのを
ガラス越しに見つめながら


「『彼』の病気のコト
いつから知ってたの?」

私は『彼』の話を
切り出していた。


「フランスで。
ボブの口から直接聞いた」

「だから仕事受けたんだ?」

赤信号に車が止まる。


「…最初は断ったよ。

こんなコトに関わって
また俺達のカンケイが
揺れるのが嫌だったしね」


「だったら…!」

「でもさ。『彼』と
電話で話してみたら

想像していたような
ヤツじゃなくってさ」

目上に対しての
口のきき方を知らないし
コトバは足りないし。

でも

「すごい正直で、まっすぐで

真剣だった」


『彼』を語る
ジュンニイの横顔は
やさしくって。


「国際電話で
2時間はしゃべったかな」


私のコト。
母親のコト。
作品のコト。

「いろいろね」


信号を渡るヒトを
瞳に映しながら

私はジュンニイの話に
耳を傾ける。

社会人の先輩として

ああしろとか
それはやめろとか

言うのは簡単だったのかも
しれないけど。


「何にも言えなかったよ」


自分の全てを
さらけ出すコトを
厭わない『彼』。


「ヒメを愛してるくせに
ビビってしまってる自分が

何だかバカみたいに
思えてきてさ」


ジュンニイが
背筋を少し伸ばして


車を発進させた。


にっくき恋敵なのだけど

同じ想いを持った
同志でもある。


「ヒメをしあわせにしたい」


それが共通の願いでも
あったから。