エレベーターの中。
「『彼』に逢わせて
あげられないのかな」
気がつくと
口が勝手に動いていて
ハッとして
思わずジュンニイを見た。
ジュンニイは私の顔を
じっと見つめている。
失言だった。
以前もジュンニイに
内緒で『彼』に母親を
逢わせようとして
嫌な思いをさせた
過去がある。
でも
「病気のコトを知らせないで
このまま別れたままなんて
ふたりとも
後悔を残さないかな」
ジュンニイの返事を
聞く間もなく
エレベーターが
部屋の階に着いて
ジュンニイが
私の背中を押して
歩みを進めさせた。
「…直接『彼』に
頼んでみてごらん」
「え…」
ジュンニイのあまりにも
意外なセリフに
わが耳を疑った。
「ヒメが『彼』に
交渉すればいい」
ジュンニイはやわらかい表情で
私を見ているように見える
けど。
玄関のドアを開けて
ジュンニイはひとりで
部屋に入っていく。
「ジュンニイ…!」
私は急いで後を追った。
「ヒメに言われたら
もしかしたら『彼』も
逢う気になるかもしれない」
玄関で待ち構えていた
ジュンニイがちょっぴり
複雑そうに笑ってる。
「『彼』がいいと言ったら
お母さんが
個展を観た後にでも
逢わせてあげたらいいよ」
私にそう提案した。