『彼』に抱きつかれたまま
私は身動きひとつできずに
固まってしまう。
「…ふたりきりなんて
どれくらいぶりかな」
『彼』はそう
ちいさく笑って
その手が
私のカラダを解放した。
「俺とふたりきりなんて嫌?」
「…そんなコト」
ベッドの上で
おおきく体勢を崩している
『彼』の首の下に
手を通してマクラを入れる。
一瞬『彼』の顔が
私の首筋に当たって
ドキッとした。
「いいよ。無理しなくって。
こんないつ死ぬか
わからないような人間の傍に
ついてるのって
怖いもんね」
…何も言い返せなかった。
静かな部屋。
沈黙が続く。
ふたりきり。
以前のふたりなら
どんな会話をしただろう。
たくさんたくさん
『彼』と時間を
共にしてきたというのに
何を話していたのかさえ
思い出せない。
ううん。
話なんか
まともにしたコトなんて
なかった気がする。
ただカラダを
重ねているだけで
気まずい思いなんか
感じている余裕なんて
なかった。
沈黙さえも
余韻として
楽しめていたから。
でも、今は
この沈黙が怖い。
「…ちょっと飲み物
貰ってもいい?」
その緊張から逃れるために
立ち上がる。
「入籍したんだってね。
ボブから聞いた」
『彼』がやっと口を開いた。