「…せっかく来たのに!
ふたりきりでいるのに!

もうこんな
チャンスなんか…!」


何を言ってるんだろう、私。


「ふふん」

『彼』の口の端が
少し上がって

その手が私の髪に触れてくる。


「…ノド乾いたな。

今日の俺しゃべりすぎだ」


「何か飲む?」

「白湯…がいいかな」


「ちょっと待っててね。
すぐ用意するから」


『彼』に背をむけて

ポットの中の白湯を
水差しに注ごうとした。


「あれ」

白湯が入ってない。


「お湯沸かしてくるね」

そう断って
私はドアに手をかけた。


「ヒメミヤ」


「え…?」

『彼』に名前を
呼ばれた気がして
振り返ったけど


『彼』は目を閉じて
じっとしている。


「…そんなワケないか」


『彼』が私の名前を
呼んだことなんて

一度もないもんね。


願望からきた
空耳…なのかな。


冷蔵庫を開けて
ミネラルウォーターを
取り出した。


「懐かしいな」

何種類もあった水の中から
何をチョイスすればいいか
わからずに

『彼』が横になっていた
ベッドまで
何本も持っていったのを
思い出す。


「苦い想い出だったけど…」


何故だか思い出すのは
そんな想い出ばっかりで。


「あの日の約束以来
6年間ずっと

再会できる日が
くるコトだけを
支えにしていたのに

高校で再会しても俺のコト
覚えてなくって…」


…そう言って
私の前で泣いたコトも
あったよね。