ホテルの中
あのときと同じように
『彼』に手首を掴まれて
足早に部屋に入る。
ああ、もしかして
あのとき
助けてくれたのはって
直感したのだけれど
でも
それを確かめるのも
何だかマヌケな気がして
私も最期まで
その話には触れるコトは
なかった。
今日も『彼』から
たくさんのキスを
ベッドの上で受けながら
「…ファーストキスって
もっとドキドキしながら
両想いの相手と
するモノだって
夢見てたんだけど」
なんて。
高校の音楽室で
強引に『彼』に
唇を奪われたコトを
いつまでも
嫌味ったらしく
私は愚痴ったりして。
「…おまえがいつまでも
泣きやまないからだ」
無口な『彼』が
珍しく言い訳をして。
「泣いてたのは
そっちじゃない!」
話が食い違うのも
当然で。
『彼』は小学生のとき
廃墟の穴の中で
私を泣きやませる為にした
キスのコトを言っていて。
そのときの記憶が
高熱の為に
私の中からぶっとんで
しまっていたコトを
『彼』はこのとき
まだ知らずにいたから。
たいがいに
執念深いオンナだな、とか
思っていたかもしれない。