蛍という生きモノは
鳴くコトができないから

自分の存在を
忘れないでって


「その物悲しさを

昔のヒトはたくさん
短歌にしてるんですよ」


ご主人はそう言い残して
私達ふたりを置いて
元来た道を戻っていった。


「音もせで
思ひに燃ゆる蛍こそ

鳴く虫よりも
あはれなりけれ」


「ジュンニイの
オリジナル?」

「…後拾遺集。
源のナントカの短歌」

「ナントカのって…」


思わず笑ってしまった。


「…やっと笑ったね」

ジュンニイの手が
優しく私の頬に触れてきて

唇が重なる。


「蛍になるコトはないんだよ」

泣きたいときは
泣いてもいいんだって


ジュンニイのおおきな手が
私のアタマをクシャっとした。


子ども扱いされてるって

意地でも泣いてやるかと
思ったのに


あたたかい胸に
抱きしめられて


涙が止まらない。


ずっと、ずっと
謝りたかった。


『彼』の気持ちに
どこまでも鈍感で


そんな私なんかが
『彼』の死を悼むなんて
おこがましいって

ずうずうしいって


わかってたから。


高い空

私が叫ぶ
『彼』の名が

暗闇の中に
吸い込まれていく。


叫んでも

叫んでも


叫んでも


『彼』は何も
答えてはくれない。


「…ヒメ。
子ども、つくろうか」

「……」


むこうできっと
自分が生まれ変わるのは
まだかって

焦れてるよって

ジュンニイが
私の頬を撫でる。


「アイツに俺を
産んで貰ってよ」


それは『彼』の
最期の望みで


自分の死を前にして

今度は
私達の子として
生まれ変わりたいって

口にしていた。


「…生まれ変わりなんて
あるワケないじゃない」


そんなに
神様は甘くはない。


ううん。

神様がいるのなら
『彼』にだけ
あんな過酷な人生を歩ませた

その理由を教えて欲しい。