「ヒメちゃんの音痴〜」
幼稚園や小学校で
みんなにからかわれた
嫌な思い出がある。
「一から
覚え直すハメになった童謡の
多かったコト!」
やっぱり
基本的な童謡くらい
ちゃんとした先生に
習わせたい。
「幼稚園の先生に
まかせればいいんじゃない?」
たくさんの園児を
みなきゃいけないのに
「ひとりの音痴の子どもに
とことんつき合ってくれる程
先生はヒマじゃないわよ」
親の心配など
どこ吹く風で
ガラスのむこう
最前列のど真ん中で
娘が
ずうずうしい程
楽しそうに歌ってる。
「子どもはね。
音域がまだ狭いから
うんと高い音や低い音を
上手に出せなくて
当たり前なんですよ」
その声に振りむくと
品のいい
老紳士が立っていて。
「カタツムリ先生ッ!?」
ジュンジュンが
大声をあげた。
「…えっと。
お嬢さんは
私の音楽教室の
卒業生なのかな?」
カタツムリ呼ばわりされて
紳士の笑顔が
若干引きつってる。
確かに
くるんと丸まった前髪が
カタツムリに見える…。
あだ名の所以は
一目瞭然だった。
笑いをかみ殺すのが
タイヘンだ。
「幼なじみが
通っていたので」
ジュンジュンが
『彼』の名を出すと
「ああ!
あのオトコノコね。
よく覚えてるよ」
カタツムリ先生の顔が
うんと優しくなった。