アトリエが別の部屋にでも
とってあるのかな?
それにしたって
スケッチブックのひとつくらい
あってもよさそうなモノ
なんだけど。
そういえば
こんなに一緒に
過ごしているのに
『彼』が絵を
描いているトコロって
見たコトがない。
生活感どころか
『彼』という存在を
どこにも感じられない
部屋で。
「やっぱ、どこか
浮世離れしてるよな〜」
ここまで徹底してると
感心してしまう。
「このピアノだって…」
ただのお部屋の
装飾品のひとつで…。
「勿体ないよね」
私はピアノに触れてみた。
「…いい音」
知らない外国語で
名前が書いてある
グランドピアノ。
それがどれほど高価な
モノなのか
素人の私にさえわかった。
「ピアノは小学生のとき
少し習ってはいたけれど」
ピアノの先生から
練習してこないコは
発表会には出せませんって
言われて
私だけキレイなドレスを
着せて貰えなかったから
1年もしないうちに
やめてしまった。
「少しは覚えているかな」
タイトルも忘れた練習曲を
なんとなく弾いてみた。
たどたどしくって
自分でも
笑ってしまったんだけど
その笑いもいっぺんに
緊張に変わってしまった。
私の背中越しに
いつの間にか
部屋に戻ってきた『彼』が
腕をのばしてきて
私と連弾をしている!!!
「…ピアノなんか
弾けるんだ?」
何かすごい意外だった。
「……」
キレイな指。
私の手の間を
するすると滑るようにして
アドリブで
鍵盤をタッチしていく。
ただのたどたどしい練習曲が
何だかすごい
名曲に聴こえるから
不思議だった。
「あっ…」
『彼』の唇が私の耳に触れて
その指が私の手を
拘束する。