そのオトコは
飛び込みでウチの民宿に来た。
旅行者としては
荷物らしい荷物もなく
あまりにも軽装で。
「何泊になるか
わからないけど」って
プラチナカードを
提示してきて。
「…ウチ、カードは
使えないんですけど」
「そうなの!????」
すんごく焦ってて。
近くの銀行を私に
教えて貰って
「往復1時間は
かかるんだ…」
田舎の不便さに
大袈裟にアタマをかかえていた。
…そんな便利な場所なら
こんな民宿
すぐに潰れてるよ。
ウチを利用するのは
一部の釣り愛好家で。
お目当ての魚が
獲れる季節のみ
営業が成り立ってるけど
今みたいなシーズンオフは
お客なんか来やしない。
いったい何の用があって
連泊なんか
希望してるんだろうって
何気なく宿帳を見てみたら
「私が住んでたマンション!」
…驚いた。
しかも同じ階に
住んでいるみたいだけど
「…見覚えない顔だよね」
思い出せない。
と言うか
あんなイケメン
逢ってたら絶対に
忘れないと思う!!!!!
1時間かけて宿に戻ってきた
オトコの顔を
もう一度よく見てみる。
…ハンサムだ。
目も鼻も口も
そつなくて
ひとつひとつのパーツも
その位置も
嫌みなく
好みのタイプで。
白いシャツが
ちょっとシワになってて
マンションから
車を飛ばしてきたのか。
背中からは
お疲れオーラを
出していた。
白いシャツなのに
ブラックジーンズに
茶色の羽根。
派手なベルトをあわせてて。
ちょっと
お金持ってそうで
ワルめではあった。
「…何?」
「あ、いえッ!
失礼しましたッ」
あまりにも
遠慮なく見つめすぎで。
声をかけられて
思わず赤面してしまった。
のに。
「この辺りにさあ。
最近こんなネコ
見かけなかった?」
なんて
そのオトコは
自分とごろーまるの
ツーショットを
ケータイで見せてくる。
「…そのネコ」
「俺が飼ってたネコ
近所に住んでいた母娘が
引っ越しのときに
連れてっちゃった
らしいんだ」
って。