「ウチで飼わなきゃ
こんなバカ犬
誰に飼って貰えるんだ、って

父の口癖だったけど

捨て犬の為に
女房に捨てられてさ」

「……」

「家事に育児に手一杯。

出産後の職場復帰も
ままならなくて苛立っていた
あのヒトにとっては

まさに離婚を切り出す
恰好のタイミング!」

「……」

「あんなオンナ
さっさと見限って

犬好きな相手を見つけて
再婚でもすれば
よかったモノを」

「……」

「父は最期のときまで

あのヒトの悪口ひとつ
言わなくてさ。

情けないよね」


…自分の母親を
“あのヒト”と呼ぶ
バードさんの瞳に

見え隠れする暗い影。


「幼子とバカ犬抱えて
田舎に戻って

男手ひとつで
本当に大変だったろうにね」


愛情深い父親の元で
育てられても

自分を選んでくれなかった
母親への複雑な思いは
ぬぐえ切れなかったのかな。


なんだか
私まで切なくなってくる。


「…トーコちゃんってさ。

やっぱり
ウチの犬に似ているな」


目を伏せていた私の顔を

アジアンビューティーが
覗き込むようにして

ちいさく、笑った。


「…あはッ。

私ってそんなに
バカっぽいですか?」


「違うよ。
似ているのは雰囲気、だよ」

「……」

私の頬に断りもなく触れる
その仕草は

なんだか犬を可愛がるときの
セイのそれに似ているような
気がしますけど。