「返そうと思って
ずっと財布の中に
入れっ放しにしていた」
この部屋の鍵。
「迎え入れてくれたのが
クボくんのお母さんで」
着替えに、と出された
見覚えのある男物の服に
袖を通す。
「部屋中がタバコとゴミで
無茶苦茶になってたから」
一宿一飯の恩。
せめてものお礼に、と
片づけを始め
その格好で
ゴミ捨ての為に
玄関を出ようとしたとき
「クボくんの義弟さん?」
同じフロアの住人に
声を掛けられた。
「違うと言ったら
何をしているのか、と
怪しまれるし」
こんな夜中に出入りして
不自然じゃない人間なんて
思いもつかない。
「返事を戸惑っているウチに
住民が勘違いしたまま
自分の部屋に
入ってしまって…」
それを見ていた
亡くなったクボ家の長男の
母親は
「ちょうどいいじゃない」
面白がった。
「あの子はひとりで
淋しく逝ったんじゃない
兄弟仲も実は
よかったんだ、と
少しくらいは
しあわせなウワサ
流してあげなきゃ
あの子だって
浮かばれないわ」