2007/11/24

【小説】himegoto*
新しい恋

「ジュンニイが?」

それは突然の依頼だった。

 

ジュンジュンのお兄さんは

新進気鋭の
空間プロデューサー。

 

歳もジュンジュンと
ひと回りも離れている。

 

ちいさい頃は
ジュンジュンの家に
よく遊びに行っていたから

ジュンニイのコトは
よく知っていた。

 

お笑い芸人を
めざしていると思ったら

ビジュアル系バンドを
やってたり。

 

弁護士になると宣言して
猛勉強していたコトも
あったっけ。

 

好奇心旺盛。

 

ノリの軽さが
玉に瑕だけど

ジュンジュンの陽気さも
この兄の影響ありきって
カンジだ。

 

最後に会ったのが
私が小6だったから

かれこれ6年は経っている。

 

そのジュンニイが

仕事のクライアントを招待して
ホームパーティーをするのに

手を貸して欲しいという。

 

「クライアントって
オヤジ相手…とか?」

 

「外国人のご夫婦と
ちいさなお孫さん」

どうやら怪しいバイトでは
ないようだ。

 

でも
あのジュンニイのコトだ。

 

ただのパーティーでは
ない気がする…。

 

「着物姿でニコニコしてれば
O.Kだから」

 

…やっぱりちょっと怪しい。

 

なのに。

「私、行ってもいいよ」

いとも簡単に承諾したのは

意外にも
国立大学の受験を控えていた
ユッキだった。

 

「気分転換したかったし~。

彼氏も連れてって
いいんだよね?」

 

「ヒメも着物
きっと似合うよ~♪」

いつのまにか

当然のように
私の参加が決まっていて。

 

押しに弱いこの性格。

もう懲りたハズだったのに。

 

『彼』とのカンケイは

私を何も
変えてはくれなかった。

 

「いい出逢いあるかも
しんないよ♪」

 

それは
彼氏持ちのユッキの
余裕のセリフで。

 

失恋の痛みを消してくれるのは
次の恋、とはよく言うけれど。

 

本当に

そんな都合よく
忘れるなんて
出来るのだろうか。

 

『彼』への気持ちが
MAXになって

さあこれからという
タイミングで
全てを無くした私にも
当てはまるのか。

 

私は未だ
あの恋に未練たらたらで。

 

どうして
突然フラれたのかも
わからない。

 

あの日、確かに
『彼』の様子は変だった。

 

なのに
その気持ちを
知ろうともしないで

自分の欲望のまま
動いた私は

思いやりのないヤツだと
見限られてしまったのか。

 

…今となっては
想像でしかないけれど。

 

『彼』はあの日以来
学校には来なくなって
しまっていたし

私は『彼』の連絡先も
知らない。

 

知っていたとしても
事実と向き合うのが怖くて

きっと勇気を
出せないだろう。

 

もう自己否定は
充分してきた。

 

これ以上誰かに
自分の弱さや不手際を
指摘されようモノなら

私はきっと立ち直れない。

 

私はすっかり恋に対して
臆病になっていた。

 

そうしてバイトの日は
やってきて。

 

「スゴイですね~」

4WDの高級外車を
めでながら
溜息をついているのは

ユッキの彼氏だ。

 

「指紋べたべたつけちゃ
ダメじゃない!」

ユッキが
彼氏をたしなめる。

 

ユッキの彼氏に会うのは
今日で3回目。

 

高1と高2のウチの文化祭に
遊びに来ていた。

 

メガネをかけてて
真面目そう。

 

いかにも
最高学府の学生ってカンジだ。

 

でも
ふくよかなトコロが
いいヒトそうで
親しみやすい。

 

私達より1コ歳上。

図書館で出逢ったそうだ。

 

借りたい本が被って
譲りあったのがキッカケ。

 

ユッキも当然のように
彼氏の通う大学を
受験すると頑張っている。

 

ふたりして将来の目標は
国際弁護士になるコト。

 

エスカレーター式に
学校推薦で
大学に進学しようとしている
私とは

出来が違いすぎる。

 

車をハンカチで拭く様なんか
姉さま女房って感じで。

 

ユッキにアタマを
下げさせられてる様子に

「あいかわらず
尻に敷かれとるね~」

ジュンジュンがそっと
耳打ちしてきた。

 

「おし! 搬入完了!」

車のトランクを閉めて
みんなを車に乗るように
促したのは

ジュンニイだ。

 

アゴヒゲに派手なシャツ。

ジーンズがいい感じで
くたびれてる。

 

腰からチェーンを
ジャラつかせてるトコロが
ちょっとチャラいけど

いかにも
業界人ってカンジだ。

 

落ち着きがなくて
イタズラが大好きで

歳の離れた私達を
からかっては
楽しんでいた。

 

勉強を教えてやると
ドリルを取り上げて

結局、全問間違えてたり。

 

プリンにしょうゆをかけて
ウニだと偽ろうとしたり…。

 

いつも妙な
音楽をかけては

仲間達とノリノリで
歌っていたけれど

その点は今も
変わっていないようで。

 

カーステレオの
ボリュームもいっぱいに

この不思議な
民族音楽は何だろう…。

 

「車酔い大丈夫?」

運転席のジュンニイが

ミント味のガムを
後ろの席にいた私に
差し出してくる。

 

「遠足のバス
悲惨だったもんな~」

 

その昔、私は
車酔いの常習犯だった。

 

ジュンニイは
変なコトばっかり
よく覚えてるなあ。

 

「ほら、隣りのお友達にも
ちゃんとまわせよ」

しかも
エラソウに命令口調だ。

 

「……」

ジュンニイから
手渡されたガムを

私は
隣りのユッキ達に
差し出そうする。

 

「…すみません。
ちょっと車止めてください」

弱々しい声。

 

ユッキの彼氏が
真っ青になっていた。

 

「だから徹夜で
本読むのはやめなさいって
言ったのに」

 

彼氏を介抱しながら

ユッキの口から
厳しいセリフがポンポン
飛び出している。

 

「自販機で水
買ってきてやってくれる?」

やっぱりユッキは
しっかり女房で。

 

「アニキ、小銭ある?」

ジュンジュンも
こういうときの対処が早い。

 

なのに。

 

「領収書、貰ってこいよ~」

なんて

ジュンニイってば
相変わらずの脳天気…。

 

私から冷たい眼差しを
むけられて
何だか嬉しそうで。

 

…相変わらず
変なおにいさんだ。

 

「吐いちゃいなさい!」
「楽になるから!」

そんなこと言われても
簡単に吐けるもんじゃない。

 

私も車酔いを克服するの
凄く大変だったから

その辛さはよくわかる。

 

…そう言えば

ミントの香りが
酔い止めになるって
教えてくれたのって

誰だったっけ。

 

「ほれ! アゴ突き出して」

ユッキの彼氏の口の中に
ジュンニイが
指を突っ込んで

気管に入ったら危険だと

吐き出させた後
うがいをさせる。

 

「脱水症状を起こさないように
こまめに水を飲むように」

なんて
アドバイスなんかして

…手慣れてる。

 

「ヒメも昔、このパターンで
死にかけたコトあったよね」

ジュンジュンの
何気ないひと言が
私の記憶を蘇らせた。

 

あああああ!

 

思い出した!!!

 

その昔、ジュンニイは
あろうことか

車酔いした小学生だった私を
逆さまにして…!!!

 

「あのときは吐いたモノが
気管に入って苦しかった!」

「アニキってば
あの後すんごい落ち込んで」

救命処置について
一生懸命勉強してたと

ジュンジュンが
ジュンニイをフォローする。

 

「ミントティーとか

よくアニキに
飲まされてたよね」

 

「そう言えばそんな記憶も…」

私の車酔いを
治してくれたのは

ジュンニイだったかも。

 

「ヒメって
いっつもそうなんだよね。

昔のコト
何にも覚えてなくって」

 

「え?」

 

「大事なコトも
何にも…」

 

「大事なコト?」

「……」

 

私の問い掛けに
答えようともせず

ジュンジュンは

ひとりさっさと
車に乗り込んで
しまっていて。

 

…それは何だか
棘がある言い方で。

 

「…確かに
私はモノ覚えの
いい方ではないけれど」

 

「ヒメは特別!
記憶力悪すぎなんだから」

ユッキが横目で苦笑する。

 

「あッ!、私ッ
けっして
ジュンジュンに対して…!」

 

「わかってるよ!」

私の往生際の悪さに

ユッキがまた笑ってる。

 

「ほら、おいてくぞ!」

ジュンニイが
運転席から手招きをして

私達は
車に乗り込んだ。

 

さっきまで
助手席に乗っていた
ジュンジュンが

今度は
後ろの席に座っている。

 

…ジュンジュンが
機嫌を悪くする様なコト
何か言っちゃったかなあ。

 

私は空いていた
助手席に座って

ミラーごしに
ジュンジュンの様子を
窺った。

 

「助手席のが
酔いにくいでしょ」

その声に振り返ると

ジュンジュンが
笑っていて。

 

よかったあ。

 

いつもと同じ
ジュンジュンだ。

 

…気のせいだったのかな。

 

私の悪い癖。

つい人の顔色ばかりを
気にしてしまう。

 

立派な日本家屋に
到着したのは
それから
30分程してのコトで。

 

迎えに出てきたのは
女性秘書さん。

 

快活なそのヒトは
私達に着替えるよう

テキパキ指示して

早歩きしながら
ジュンニイと
打ち合わせを
進めている。

 

…ジュンニイ
真面目な顔もできるんだ。

 

そんな顔してると
結構カッコイイのにね。

 

ジュンニイが
今日の為に

3人に見立ててくれたという
着物セット。

 

「ユッキはコレね」

ジュンジュンが
指さしたのは
紫の着物に白銀の帯。

 

ユッキの個性がよく光る。

 

ジュンニイってば
センスいい。

 

ジュンジュンはオレンジ。

健康的で元気なジュンジュンに
ぴったりだった。

 

ふたりとも凄く魅力的で。

思わず
私も期待してしまう。

 

「ヒメはピンクかあ!」

 

淡い桃色に金色の帯。

何か物凄く
清楚なセレクションで

「…ちょっと気恥ずかしい」

 

「似合うと思うよ」

「そ、そうかなあ」

 

ジュンニイって
私のコトこんなイメージで
見てるのかな。

 

袖を通して鏡を見る。

 

あれ?

意外と…。

 

「ホント
ピンク似合うじゃん!」

いつも辛口な
ユッキも褒めてくれる。

 

「アニキ
ヒメの魅力引き出すの
うまいと思わない?」

 

「…うん」

自分でも知らない
自分の魅力。

 

ちょっと照れるけど
やっぱり嬉しい。

 

『彼』が見たらどう思うかな。

 

…バカなことを
考えてしまった。

 

『彼』は私が
どんな服を着ようと

何も言わないに
決まってる。

 

私に興味なんか
ないんだもの。

 

わかっていても

ちいさな溜息が漏れる。

 

もう夏休みも
終わろうというのに。

 

別れた今でも

私は

『彼』への未練を
まだ引きずっていた。

 

外国からのお客さまを
もてなしに庭園にむかう。

 

5歳くらいの
オトコノコとオンナノコ。

 

金髪に青い瞳が
お人形さんのようだ。

 

七五三のようなカッコの
ユッキの彼氏は
子ども達に大人気。

 

子ども達の早口英語は
聞き取りが難しいけれど

「スモウ・レスラー!」

この意味は
私にもすぐわかった。

 

ユッキの彼氏に
ちょんまげをつけたら…。

 

ジュンジュンなんか
お腹をかかえて笑ってる。

 

「さっきまで
真っ青な顔してたのに」

「お寿司食べたら
治ったんだって」

 

「食いしんぼキャラ
だったんだね」

「そうみたい」

 

「そうみたい、って。
知らなかったの?」

「うん」

 

「2年以上も
つきあってて?」

 

「毎日が発見よ。

放っておいたら
何してるんだか」

 

「…そんなモンなんだ」

何だか安心した。

 

私が『彼』に対して
不誠実だったという事実からは
逃れられないけれど

『彼』とのカンケイも
自分で思ってる程
酷いモノでは
なかったのかも…。

なんて。

 

「俺の見立てに
間違いはなかった」

着物姿のジュンニイに
声を掛けられる。

 

ジュンニイこそ
なかなかサマになっていて。

黙っていれば

かなりいい線
いってるのになあ。

 

なんて、余計なお世話か。

 

「こういう色目も
似合うと思ってたんだ」

 

ピンクなんて
オンナノコな色

似合うワケない、って

紺とか緑とか
茶色とかオレンジとか
生成りとか

ナチュラルで
素朴な色ばかり

いつも
好んで着てたから

そう言われると
ちょっとテレる。

 

「ちょっとみんな
いいかなあ」

 

ジュンニイがみんなを集めて。

外国人のお客さまと一緒に
日本庭園で記念撮影。

 

ユッキの隣りには

当たり前のように
彼氏が寄り添っていて。

 

何か羨ましい、かな。

 

私はと言うと
隣りにジュンニイ。

 

さっきから
大声を出しては
みんなを笑わせていて

どうもロマンチックな気は
起きない、かな。

 

だけど

ジュンニイは
何だかいいニオイがする。

 

…オトナのオトコのヒト
なんだよね。

 

「もっと真ん中に
寄ってくださ~い!」

カメラマンの
ジュンジュンの声に

ジュンニイの胸が
私の肩先にくっついた。

 

ジュンニイって
背が高いんだよね。

 

よくこの長い腕に
友達みんなでしがみついて
じゃれてたのを思い出す。

 

「ね、ね。
似合いだと思わない?」

写し終わったデジカメの
画面をチェックしていた
ジュンジュンが

ユッキに声を掛けた。

 

「ホントだあ。いいかもね!」

「ほら、ヒメも」

促されて
私もデジカメを覗き込む。

 

「でッ!?」

私とジュンニイの
ふたりが引き伸ばされて

ツーショットに
されている!!!!!

 

「に、似合いって…」

思わず顔が引きつった。

 

「アニキ、案外
カッコイイと思わない?」

 

似合いだと
言われた後だけに

返答に困る質問だ。

 

「私達、姉妹になるって
どうよ?」

ジュンジュンの提案に

隣りでジュースを飲んでいた
ジュンニイが噴き出した。

 

「お、おまえ
何言ってんだ!!!」

 

冗談なのに

ジュンニイが
思いっきり動揺している。

 

「ね?
一度デートしてやってよ」

それはジュンジュンからの
意外なお願いで。

 

「好きでもない相手と
つき合うのって…」

ジュンジュンは
信じられないとか

口癖のように言ってるのに。

 

私の言い方が
まずかったのか

「……」

一瞬、確かに間があった。

 

そして

「ジュンニイのコト嫌い?」

ジュンジュンは再び私に
質問をする。

 

「別に、そういうワケでは」

「好き?」

う~ん。

 

ここはジョークで
切り返すべきなのだろうか。

 

「俺の前で
何の話をしとるんじゃ」

居た堪れなくなった
ジュンニイが

ジュンジュンの手を
無理矢理
引っ張っていこうとする。

 

「もっとアニキのコト
ヒメに知って貰いたいもん!」

って。

 

ジュンジュンは本気なんだ…。

 

「デートくらい、いいじゃん」

ユッキが
無責任に煽る。

 

「そうだよ。
つき合っちゃえば?」

ユッキの彼氏も
同調して。

 

「Do it! Do it!」

外国人もノってきた。

 

ヤバイ。

 

ちゃんと断らないと
また私、流される!!!

 

「私、好きなヒトいるから!」

私の苦肉の激白に
会場中が静まり返った。

 

「…誰?」

ジュンジュンの目が恐い。

 

「誰よ!?
そんなの聞いてない~!!」

ユッキが叫んだ。

 

「え、いえ、え~と」

『彼』の名前は
死んだって口にできない。

 

「え~と」

「江藤?」

 

「あ、の」

「あ?」

 

…みんなの顔が
マジだった。

 

「あ…、あ…。

あさしょ~りゅ~…、とか?」

渾身のジョークも

言ってる自分の顔が
引きつっている。

 

「は、あ????」

みんなの目が点になって

呆れてる。

 

「OH!
スモウ・レスラー!!!」

外国人は大はしゃぎで。

 

「真面目に聞いてんのに!」

ジュンジュンが怒った。

 

でも。

だって、こんなの。

「ジュンニイだって
迷惑だよ!」

 

「別に俺
迷惑なんて思ってない、けど」

 

え?

 

「よかったら今度
大相撲、観に行こうか」

 

「……」

…相撲なんか興味がない。

 

力士の顔と名前も
一致しない。

 

でも

例のごとく
みんなに押し切られる形で

今日の日を
迎えてしまった。

 

友達のお兄さん。

 

親友のオススメ。

安心。安全。やすらか。

 

駅前で待ち合わせて

おひさまの下を
ふたりで歩く。

 

ごくフツウの標準的な
当たり前のデートの
パターンだ。

 

桝席という特別席に
ふたりで座る。

 

入り口でお土産まで
貰ったもんだから
席はキツキツだ。

 

なれない正座に
足が悲鳴をあげている。

 

ジュンニイがいろいろ
相撲の面白い話を
しまくっていたみたいだけど

あまりの痺れに
アタマの中を
素通りしていった。

 

足をくずせない。

 

ワンピースなんか
着てくるんじゃなかった。

 

つん!

「ぎょえええええ
~~~~!!!!!」

ふいに足を突かれた。

 

「痺れきらすの
ちょい早すぎだよ」

私の失態に
大笑いするこのオトコ。

 

「何か飲みにいこうかと
思うんだけど」

私を残して
ひとりで席を離れようとして。

「待って!」

ジュンニイの
ジャケットの裾を
慌てて掴む。

 

「連れ出して欲しい?」

「欲しい!!」

 

「お願いしますは?」

 

ヒトの弱みに
つけ込んで…!!!

 

「…がいします」

「え?」

ジュンニイは笑いながら

聞こえない、って
ジェスチャーしてて。

 

悔しかったけれど

「…お願いします!」

「よろしい!」

 

そう言ったかと思うと

ジュンニイは

私を自分の肩の上に
軽々と担ぐ。

 

「え、ちょっと、待って、あ」

 

「俺の話に
うわの空してた罰だ!」

 

うっそ~!!!!!

 

「暴れるな~。
落っことすぞ~♪」

なんて

私のバッグと靴を手に
上機嫌なジュンニイだった。

 

すれ違う観客にも
たくさん冷やかされて

ますますテンションが
あがってるようで。

 

私は
警備のお姉さんに
目で助けを
訴えてみたけれど

見ないフリをされてしまう。

 

「最後の大勝負だけ
観れればいいでしょ?」

って。

 

お土産を座席に置いたまま

私を担いで国技館を
出てしまうではないか。

 

「この近所にさ。
知ってる店があるんだよ」

「知ってる店?」

 

ジュンニイが独立して
初めて手がけた仕事だという
そのお店。

 

店長さんが
肩に担がれてる私を見て

「まあ!
どこで捕獲してきたの?」

トボケたコトを言う。

 

ミッド・センチュリーな内装は
こだわりのライトが妖しい。

 

ジュースの入ってる
グラスからして
非日常しすぎている。

 

ジュンニイって
こういう趣味だったんだ…。

 

「ここの店長とは
趣味が合わなくてさ」

 

私のココロを
見透かしたかのように

ジュンニイは言い訳した。

 

「クライアントの意向と
時流のすり合せ作業」

それが
自分の仕事だと笑う。

 

空間プロデューサーって

インテリア・デザイナーと
どこが違うんだろう。

 

怪しい職業だ…。

ジュンニイは
ひとりでよくしゃべる。

 

こうしてじっくり
あらためて見ると

ジュンジュンに似てるなあ。

 

何だか
親しみを感じる。

 

「ヒメちゃんてさあ」

「え?」

「ホントは相撲
興味ないでしょ」

突然、図星された。

 

「うん。実は全然興味ない」

何故だか
キッパリと言い切れた。

 

ジュンニイって
ヒトを正直にさせる
不思議な雰囲気がある。

 

「実は俺も」

「ウソ!
桝席であれだけ
相撲の話を…」

「一夜漬けで覚えました」

ジュンニイは
いたずらっ子のように
ニヤリと笑って。

 

「ね。俺達つき合わない?」

…聞き違いでは
なかったのは

ジュンニイの
硬い表情でわかった。

 

でも
あまりにも唐突すぎる。

 

「冗談ばっかり」

私は思わず
笑って誤魔化してしまった。

 

「俺、こういう冗談は
ときどきしか言わないよ」

「言ってるじゃない!」

 

ジュンニイのボケに
ツッコミを入れたつもり
だったのに。

 

ジュンニイは
黙り込んでしまって

「…出よっか」

席を立った。

 

え。

だって…!

 

「待って!」

私はジュンニイの後を
小走りに追い掛ける。

 

怒っちゃったのかな。

 

「ジュンニイってば!」

 

やっぱり
マジな告白だったのかな。

でもでも!

 

「ジュンニイ!!」

 

何回、名前を呼んだだろう。

 

歩道橋を降りようとする
ジュンニイの腕を

やっとの思いで捕まえた。

 

「あのね、私…!」

言い訳しようとする私を

ジュンニイは
振り向きざまに引き寄せる。

 

「好きだ」

…真剣なジュンニイの顔。

 

「冗談じゃないから」

「……」

 

「つき合おう」

「……」

 

「返事は?」

 

ジュンニイに
真っ直ぐに見つめられて

私はどうしていいか
わからなかった。

 

「…どうして?」

「え?」

 

「何で私なの?」

 

自分でも
意地悪な質問を
していると思った。

 

ふだん
たくさんのコンプレックスを
抱えていると

こういう機会で
それが出る。

 

「私のどこが好き?」

「…全部」

 

「信じられない。そういうの」

我ながら滅茶苦茶だ。

 

図々しすぎだった。

 

「…具体的なパーツに
惚れたワケじゃないから」

ジュンニイはそう
自信なげに微笑んで

私の手を強く握る。

 

「振りほどいてくれても
いいよ」

 

ジュンニイは
握っていた手を
自分の顔の傍に寄せて

「俺、こういう
マジな場面って苦手だから

2回は言えない」

私を見ていた視線は
力なく下に落ちた。

 

「だから
誤魔化さないで答えて欲しい」

 

その手はあたたかくて

力強くて。

 

まるで
魔法にでも掛ったように

 

「…うん」

握り返さずには
いられなかった。

 

「ホントッ!?」

 

ジュンニイが
真っ赤になった顔を上げる。

 

その顔が
何とも言えずかわいくて

「よろしくお願いします」

「おっしゃあああああ!!」

つい
受け入れてしまった。

 

何だかすっかり
ジュンニイのペースだったけど

それが
心地よく思えるから
不思議だ。

 

ジュンニイは
私の指を深く組み替えて

「行こう!
大一番が始まる」

満面の笑顔で駆け出した。

 

翌日の教室は
このデートの話題で
持ちきりで

「見ちゃったぞ~」

…大相撲が
テレビで全国放送されて
いるなんて知らなかった。

 

「いい雰囲気
だったじゃない」

私とジュンニイは
イッキに
クラスの公認の仲と
なってしまう。

 

次のデートの約束が
メールで入ってきて

「ハートマーク
つけてあげなよ!」

「もっと!」

「まだまだ。
愛が足りんぞ!」

ユッキとジュンジュンに
のせられて

恥ずかしいくらい
ハートマークでいっぱいの
メールを返信した。

 

ジュンニイから
返ってきたメールの

《照れッ》の文字に

「オヤジ~~~」

みんな笑った。

 

「来週は
デートしないんだ?」

「今日から
北海道なんだって」

 

「アニキ、ああ見えて
結構忙しいヒトなんだよ」

 

自分の事務所といっても

10人そこそこしか
スタッフがいないから
ジュンニイはフル稼働状態で。

 

「贅沢させてやれない
かもしれないけど」

ジュンジュンが
おいおいおいと
泣きマネをする。

 

ジュンジュンのクサイ芝居に
ユッキが大ウケだ。

 

「ヒメにはアニキが
お似合いだよ!

絶対に
絶対に似合ってる!」

ジュンジュンが念を押す。

 

1日に何度も
ジュンニイからの
メールが入る。

 

ちょっと前までは

こんな日々が来るなんて
思いもしなかった。

 

長かった夏休みの1ヶ月間が
ウソのようだ。

 

辛かった夏休み。

 

バイトも色々入れてみた。

 

ジュンジュンの
部活の手伝いに行ったり。

ママとショッピングしたり。

パパにお弁当作ったり。

大掃除して。

庭も大改造したりして。

 

『彼』のコトを

思い出す暇もないくらい
毎日体力を使い果たして

泥のように眠る毎日
だったのに。

 

ジュンニイとふたり

こうしてカフェで
お茶したりしてるなんて

あの頃にはこんな光景
想像もできなかった。

 

「大相撲の桝席って
高いんでしょ?」

「あ、ああ。あれね」

「やっぱり自分の分、払う」

ジュンニイには
遠慮なくモノを言える。

 

「知り合いに
安く譲って貰ったから」

ジュンニイは
目の前のケーキを
頬張りながら笑顔で答えた。

 

「でも、金欠なんじゃあ」

 

「ったく。

何を吹き込んでるんだ。
あの妹は~」

ジュンニイは笑って
私の財布を覗き込んできて

「桝席って
これ5枚はいるんだぞ」

1万円札を
ひっこ抜いてみせる。

 

「ウソ!?」

「うっそ」

 

からかったり

からかわれたり

「ヒメのケーキも
美味そうだよな」

「食べる?」

「ヒメのおごりで
1ホールまるごと
頼んでもいい?」

「絶対食べきってよね~」

ジュンニイといると
ホントに楽しい。

 

自然に笑顔になってしまう。

 

「で、はい、お土産!」

北海道はでっかいどう!

…って。

木彫りの熊。

 

本当に売ってるんだ。

買ってるヒト
初めて見た。

 

「開けてみて」

「?」

よく見ると

熊の背中に
扉がついていて。

 

「あ…」

中には指輪が入っていた。

「サイズは勘だから」

 

ウソ…。

 

これって、これって…。

 

リアクションに困る
私にかまわず

ジュンニイは
私の左手の薬指に

それをハメた。

 

…ぴったりだった。

 

「運命だね」

私の左手を両手で覆って

「神様も俺達を
後押ししてくれている」

キザなセリフに

あろうコトか
クラっときてしまっている
自分が恥ずかしい。

 

でも

「案外太い指だったね」は

「ひと言多い!」

思わず
そのアタマに
ツッコミを入れてしまって

ジュンニイの顔面が

正面のケーキの中に

…沈む。

 

「ごッ、ごめんなさい!!!」

慌ててナプキンで
ジュンニイの顔を
拭こうとして

テーブルの上のモノが
一斉に大移動して!

 

ガッシャーン!

 

…手にしていたのは
テーブルクロスだと
気づいても遅かった。

 

「おまえ、なあ~」

ジュンニイが
生クリームだらけの顔で

爆笑する。

 

つき合うのが
運命だったのか。

 

その指輪は
私の指にそのまま自然と
納まってしまった。

 

彫り物の熊は
私の部屋の住人となっている。

 

窓際のいちばん
日当たりのいいトコロ。

 

図々しいのは
送り主ゆずりなのか。

 

部屋の中でひときわ
存在感をしめしていて。

 

私の中の
ジュンニイのように

ほのぼの。

あったかい。

 

「へへッ」

 

いつものように
デートの約束を
メールで確認する。

 

明日は
ジュンニイと
博物館に王家の秘宝展を
観に行く予定。

 

チケットはママに貰った。

 

ママはジュンニイのコトを
ちいさい頃から
知っているから

ノリの軽いジュンニイとの
交際を

てっきり反対されると
思っていた。

 

のに。

「でかした!」

と喜ばれて。

 

確かに
ジュンニイは昔から
オトナ受けよかったから。

 

…でも、ママは
心配じゃないのだろうか。

 

ひと回りも年上なんだけど。

 

「ま、いいか」

反対されるコトを考えれば
こんなに順調な交際もない。

 

何か恵まれ過ぎて

不安になるなんて

私も相当のビンボー性だ。

 

明日はクリスマスイブ。

 

明日のデート
何着て行こうか。

 

洋服のコーディネートを
悩んでみたりして

何だかちょっと

しあわせだ、私。

 

街はクリスマスの
イルミネーションで
最高潮で

私達も
素敵な恋人達という
景色の一部に
なっているのかな。

 

そう思うと

目に映るモノ
全てが綺麗に見える。

 

手を繋いで

秘宝展の展示物に
ツッコミを入れて回る
私の恋人。

 

ジュンニイは
立像のスカートの
ナカミを覗き込んでは

子どものように
はしゃいでいて。

 

「スケベ」

ジュンニイの両の頬を
引っ張ってやった。

 

「顔が崩れるだろ~」

ふたりでほっぺたを
引っ張り合いっこしながら

大笑いする。

 

何でも
おもしろがれる。

 

いつでも
ポジティブ・シンキング。

 

毎日が
レッツ・エンジョイ。

 

そんなジュンニイに
感化されてる

自分が好き、かも。

 

「パンツ
穿いてなかったぞ~」

「そんなトコまで
見ないの!!」

 

いっしょにいると
年齢差は
あんまり感じない、かな。

 

「ふふふ」

ジュンニイの腕に
甘えてしがみつく。

 

「ママがね。今夜ウチで
夕飯どうですかって」

 

「え?」

「今日。この後いいよね?」

 

「ええええええええ!?」

 

…何?

このリアクション。

 

アセってる様子に

何だか凄くガッカリした。

 

「…別に無理ならいいけど」

と、言いつつ
ちょっとショックかな。

 

親に会いたがらないって

やっぱり

後ろめたいとか
ヤバイとか

思ってるんだよね。

 

「……」

もしかして私

遊ばれてる?

アタマの中を
疑惑の文字が点灯する。

 

やだ。

まさか。

 

でも…。

 

どうしても
疑念がアタマを離れない。

 

なのに

「俺、スーツじゃないけど
大丈夫かな」

「……」

こんなときに
ジョークなんて、と

何だか
ツッコミを入れる
そんな気分では
なかったのだけれど

「娘さんをくださいじゃ
ないんだから~」

笑顔をつくって

ジュンニイの後頭部に
一発くらわせた。

 

クリーンヒット!

 

「……」

あれ?

リアクションは?

 

「俺にとっては
ほぼ同じニュアンスだ」

「え?」

 

「…結婚を前提に
おつき合いさせて
貰ってるんだから」

って。

 

「ええええええええええ!?」

 

顔から火が出るかと思った。

 

「俺はオトナなんだから
当たり前だろ?」

 

当たり前じゃ
ないいいいいい!!!!!

 

もう少しで
秘宝展の展示物を
倒してしまうトコロだった。

 

ジュンニイの思わぬ激白に
混乱したまま

私は
秘宝展の警備員室に
連行され、お説教。

 

警備員さんのコトバも
アタマに入ってこない程

私は舞い上がっていたのに。

 

ジュンニイは
ひたすら調子よく
警備員さんに謝り続けている。

 

気がつくと

警備員さんとすっかり
意気投合しているあたり

とってもジュンニイで。

 

早々に
恩赦で放免されて

ふたり廊下に出された。

 

おかしなもので

ふたりっきりになった途端

お互い意識しすぎて
何もコトバが出なかった。

 

ジュンニイってば

警備員さんとは
あんなにおしゃべり
していたくせに

ズルイよ~。

 

何かしゃべってよ~!

 

え~と。

 

あ~…。

 

ふたり
コトバを探していると

「ジュン!」

おおきなカラダの外国人が

奥の扉から
ジュンニイに
声を掛けてきた。

 

「ミスター・スミス!」

ジュンニイは親しげに
その外国人と抱き合っている。

 

以前、仕事をした画商だそうで。

博物館に併設されている
美術館で

来年開く個展の
打ち合わせに来たらしい。

 

「とっても世話になったんだよ」

ジュンニイは
この再会に目を細めた。

 

「……」

だけど

その外国人は

私のカラダを上から下まで
舐めるように見ていて

…なんか気持ち悪い。

 

「ヒメとどこかで
会ったコトないか、って
言ってるけど」

調子のいい外国人。

 

「知らない、と思う」

私は
ジュンニイの陰に隠れた。

 

私の気持ちを察してか

「行こっか」

ジュンニイが
私の手を強く握ってくる。

 

「いいの?」

せっかくの再会なのに。

 

「いいの」

 

ジュンニイは
ミスターに別れを告げ

「ヒメママが
手料理作って待ってて
くれてるんだろ?」

私の背中を押して
歩き出した。

 

「ハンバーグ作る、って
言ってた」

「ヒメママのハンバーグ
美味いんだよなあ」

 

予想外の
ジュンニイのひと言に

思わず足が止まる。

 

「覚えてない?

俺、ヒメの家に
昔よく食べに
行ってたんだけどなあ」

 

…覚えてない。

 

ジュンジュンが聞いたら
「また?」って
呆れ果てられそうだ。

 

「受験のときなんか
弁当作って貰ったし」

 

ジュンニイの口から
次々と出てくる
ママとのエピソード。

 

…ママってば
ジュンニイのコト

物凄く
気に入ってたんじゃないか。

 

私の知らないトコロで
ママったら~。

 

「ヒメ」

「ん?」

 

ジュンニイに呼ばれて

顔を上げると

ジュンニイの唇が
ふいに重なってきて。

 

「あ…」

 

ジュンニイとの
初めてのキス。

 

「……」

照れるくらい何気ない。

 

余韻を楽しむように

ジュンニイは
私の手を引いて

再びゆっくりと歩き出す。

 

「ヒメ、大好きだよ」

 

あたたかい手に
ジュンニイの愛情を感じ

まさに
しあわせの絶頂だった。

 

このしあわせの瞬間が
一生続けと願わずには
いられなかった。

 

なのに。

痛いくらいの視線を
背中に浴びて

私は振り返ってしまう。

 

そこには

忘れたハズの

『彼』が立っていた。