2007/12/14

【小説】himegoto*
開かれた記憶

「……」

その場の空気が
止まったかと思った。

 

我が目を疑わずには
いられない。

 

私の意志とはカンケイなく
胸が高鳴っていく。

 

『彼』は
そんな私に
気づかないふりをして

さっきの外国人と
話し込んでいて。

 

懐かしい声。

 

英語しゃべってるの
初めて聞いた。

 

そう言えば
帰国子女だったっけ。

 

制服姿じゃない
『彼』を見るのは
初めてだ。

 

『彼』は立ち尽くす私に
気づかないふりをして

ミスター・スミスと
話し込んでいる。

 

懐かしい声。

 

英語しゃべってるの
初めて聞いた。

 

そう言えば
帰国子女だったっけ。

 

制服姿じゃない
『彼』を見るのは
初めてだ。

 

パーカーを
深くかぶって。

 

スポーツテイスト
なんだけど
仕立てのよさが
ブランドモノっぽい。

 

オフホワイトなんて
着るんだ。

 

イメージじゃない。

 

ポッケに両手を
突っ込んだまま

面倒くさそうに
話してるトコロは

相変わらずで。

 

まるでそこだけ
時間が止まったようだった。

 

なじってやりたいのか
抱きしめたいのか

自分が何をしたいのか
わからない。

 

ただ『彼』を
見つめるのが精一杯の
私だった。

 

「ヒメ?」

ジュンニイが
後ろを振りむこうとした。

 

私はジュンニイの
腕を取って

「すっかり遅く
なっちゃったね!」

取り繕って

その場から

逃げた。

 

彼氏を迎えての
両親との初めての食卓
だというのに

『彼』への
複雑な気持ちを抱えたまま

私はどこか
うわの空だった。

 

「ホント覚えてないの?」

ママからふいに
話をふられて我に返る。

 

「あのときはホント
生きた心地がしなかったわ」

 

なんて
ママが何を
力説しているのかと
思ったら。

食卓の話題は

私が小学生のときに
行方不明になった話に
なっていた。

 

「ジュンイチくんがこの子を
見つけてくれなかったら」

 

そうなのだ。

私はその昔
ジュンニイに
助けられたコトがあった。

 

夜になっても
帰って来ない私を

家族といっしょに
遅くまで捜索してくれて

廃墟の中
穴にハマって
出られなくなっていた私を
救い出してくれた。

 

「ジュンイチくんは
本当に
昔から頼りになったものね」

 

どうやらママは
ジュンニイのコトを

パパに売り込もうと
しているらしい。

 

だけど

「…あの廃墟
まだ
残ってるらしいじゃないか。

役所ってのは…」

 

なんて

パパはそんなママの
ミエミエの意図に
警戒しまくっていた。

 

気まずい空気。

 

ジュンニイはパパのコップに
ビールをつごうとする。

 

「いいから
君も飲みたまえ」

反対にパパに
ビールを勧め返され

ジュンニイの顔が
どんどん赤くなっていく。

 

…ジュンニイが
お酒を飲んでるトコロ
初めて見た。

 

いつも車だったから
飲まないのかと思ってたら

飲めない、んだね。

 

真っ赤な顔で
パパのお酌に応えてる。

 

「ビール1杯くらいで
こんなんじゃ

営業の仕事なんか
大変だろう?」

 

パパが
話題を変えようとした。

 

のに。

「この子があんな廃墟に
入り込んでいたなんて

他の誰もが
思いつかなかったのに

ジュンイチくんは
本当に
この子のコトを昔から
よく理解して
くれているのよね」

ママがしつこく
同じ話題を
掘り返してくる。

 

「あのときお嬢さんを
最初に見つけたのは

妹なんですよ」

 

ジュンニイの
思わぬ発言に

箸が止まってしまった。

 

「知らなかったの?」

…知らなかった。

 

私は発見された後

1週間近く
高熱を出して
寝込んでしまっていて

そのときの記憶が
全くない。

 

「アイツは
自分の手柄を
吹聴してまわったり
しないからね」

 

…ホントにそうだ。

 

恩を売っても
おかしくないのに。

ジュンジュンらしい。

 

夜も深くなって

足元のおぼつかない
ジュンニイを

ジュンジュンが
迎えにきてくれたのだけど。

 

どうやって
その話を切り出そうか。

 

「アニキ! 飲み過ぎ!」

 

「パパ達も泊まってけって
言ってたんだけど」

 

「泊めて貰えばよかったのに」

ジュンジュンが
いたずらっぽく
ジュンニイを冷やかした。

 

「ンなコト出来りゅか!
信用落とせりゅか」

…ジュンニイ
ロレツが回ってない。

 

ジュンジュンは
大ウケしまくってるけど

パパ達の前ではちゃんと
しっかりしゃべって
いたんだよ。

 

…よっぽど
緊張していたんだね。

 

住宅街のイルミネーションが
透明な空気と3人を暖かく
照らし出す。

 

「この先は
暗い道も多いから」

 

見送るのはここまででいいと
ジュンジュンが
気遣ってくれた。

 

なのに

「うっ」

ジュンニイが
吐き気を訴えて
道端にしゃがみ込む。

 

「ばかアニキ!」

ジュンジュンが
自販機まで来た道を
走って戻っていった。

 

ど、どうしよう。

 

こういうときは
気道確保だっけ?

 

あれ?
あれれ???

頭が軽いパニックだ。

 

ジュンジュ~ン。

どうして
私ひとりにするんだよ
~~~!!!

 

「…ヒメ」

「な、何ッ?」

 

やばいの?
やばいの!?

どうしよ~!!!!!

 

真っ白になったアタマで
ジュンニイを覗き込んだら

キスされた。

 

「え?」

固まる私に
ジュンニイがペロッと
舌を出して笑ってる。

 

…あの
もしかして

「仮病?」

「らってイブの夜らもん」

そう言って
私の頬を両手で引き寄せて

今度は丁寧にキスをした。

 

「ホンロは
帰したくないけれろ」

 

「…アニキ、ロレツが
まわってないよ」

 

そのセリフに振り返ると

ジュンジュンが
仁王立ちしていて。

 

ひやああああああ。

ジュンジュンてば
いつの間に
戻ってきてたんだ!

 

どの辺りから見てたのかな。

恥ずかしい~~~。

 

ジュンジュンは
持っていた
ペットボトルの水を

ジュンニイのアタマに
ぶっかけて

「姑息なオトコよのお!」

高笑いする。

 

ジュンジュンの高い声が
住宅街に響いて

「おっと。ご近所迷惑」

ジュンジュンは
自分にツッコミを入れながら

ジュンニイを再び
自分の肩に担ぎ上げた。

 

「はい、アニキ帰るよ!」

「あ、待って」

私はジュンジュンを
呼び止める。

 

「…何?」

「あのッ…!
今更なんだけど」

 

私は
行方不明騒動の話を
切り出した。

 

ジュンジュンの
足が止まる。

 

「…思い出したんだ?」

「え?」

 

「あの日のコト」

 

「ううん。

ジュンニイが
そう言ってたから」

 

「…そう。そっか」

 

「ありがとね」

「…うん」

 

どこか歯切れの悪い
会話だった。

 

「あ、ジュンジュン。
髪に何かついてるよ」

「え?」

 

「ほら、これ」

私はジュンジュンの
髪にこびりついていた
白い塊を取って

見せた。

 

「セメント? 石膏?
何だろうね」

 

「…壁にもたれたときにでも
ついたんだワ」

ジュンジュンの声が
裏返ってる。

 

…めずらしいな。

 

「じゃあね」

ジュンジュンは
振りむきもせず

帰っていった。

 

「ジュンイチくん
大丈夫だった?」

 

家に戻るとママが
ずっとついて回ってきた。

 

ママの弾んだ声に
パパが咳払いして牽制する。

 

私は自分の部屋に入って
ケータイを手にした。

 

「ジュンニイ
風邪ひかなきゃいいけど」

ハートいっぱい
超特盛状態のメールを送る。

 

明日起きてメール見たら
きっとジュンニイ
失神しちゃうね。

 

「あ~~~♪」

今日のキスを思い出して
今頃ドキドキしてきた。

 

これが本当の
恋人同士の愛のあるキス
なんだよね。

 

「…別に『彼』とのキスと
比べてるワケでは
ないんだけど」

 

変なの。

『彼』とのキスが
アタマをよぎるなんて

どうかしている。

 

「初めてのキスが
ジュンニイならよかったのに」

 

『彼』を思い出しても
もう切なくなるコトはない。

 

いい思い出とは
とても言えないけど

それでも

以前みたいに
未練たらたらと
愚痴りたくなったりは
しなくなった。

 

これもジュンニイが
傍にいてくれるからだね。

 

イブの夜。

今夜はジュンニイの
夢が見たいな。