2007/12/17
【小説】himegoto*
ふたりの親友
お風呂からあがると
ケータイの着信ライトが
光っていて
「ジュンニイからかな?」
期待して
急いでチェックする。
たくさんの着信履歴。
その全てがユッキだった。
お風呂に入ってる間
ずっとケータイを
鳴らし続けていたようで
「こんなの初めてだ」
何か大変なコトでも
あったのかも…。
急いでユッキに電話する。
「ちゃんと髪、乾かさないと
風邪ひくわよ」
ママがノーテンキに
私の部屋のドアを開ける。
「それどころじゃ
ないんだから!」
「そうなんだって。
ユキちゃん」
え?
ユキちゃん…って?
「ユキじゃなくユズキです。
おばさま」
「ユッキ!!!!!」
ママに
冷静な訂正を入れていた
親友は
真っ赤な顔をしていて
ママがドアを閉めて
出ていったと同時に
「ヒメ~~~」
ボロボロと大粒の涙を
落とした。
この様子
尋常じゃない。
私に弱味を
みせたコトなんか
過去に一度だってなかった。
困ったコトや悩みは
ユッキはいつも
ジュンジュンに先に話してて
私はジュンジュンから
コトの顛末を教えて貰う
というのが
お決まりのパターンだった。
そうだ!
ジュンジュンは
どうしたんだ!
「ジュンイチさんの介抱で
手が離せないとかって…」
あ。
やっぱり。
先にジュンジュンに
声をかけたんだ。
ちょっと安堵して
凄く落ち込んだ。
あんまり頼りにされてない
現実。
あははは。
そんなもんだよね。
ママが運んできてくれた
ホットミルクを飲みながら
ユッキはずっと
黙ったままで。
こういうとき
何て切り出せばいいんだろう。
長い時間、沈黙が続いて
ユッキがようやく
口を開いた。
「セフレって知ってる?」
飲んでいたホットミルクが
気管に入った。
むせる私を気にもせず
ユッキは話し続ける。
セフレ。
セックス・フレンド。
「カラダ目的の
つき合いなんかして
恥ずかしくは
ないんだろうか」
…動揺した。
まさか私の話、とか?
アタマの中がパニックする。
まさか。
まさか。
まさか…!!!!!
「あのバカ
キャンパスのオンナと
浮気しててさ」
「えッ」
あ…。
ユッキの彼氏の話…。
緊張から
イッキに解放されて
「何がおかしいのよ!」
「え、いや」
思わず安堵の笑みが
こぼれてしまっていた。
ユッキの話によると
今日は塾の模試があって
デートの約束ができなくて。
なのに
模試の帰りに偶然
ファッションホテルから
オンナと連れだって出てくる
彼氏と
鉢合わせして
しまったという。
「で、問い詰めたら」
去年のイブも同じオンナと
ホテルに行ってたらしくって
「セフレとの年中行事
みたいなモノだから」
そう開き直られたという。
「……」
セフレって嫌なコトバだ。
私と『彼』も
似たようなモノだったかも
しれないけれど
セフレというコトバは
どこかそぐわない。
だって
フレンドリーな瞬間なんて
なかったもん。
「彼氏がいるヒメなら
わかってくれるよね?」
彼氏をつくったコトのない
ジュンジュンから
冷たくあしらわれたのが
やっぱり多少なりとも
ショックだったようで。
「嫌な部分もひっくるめて
愛せないのなら
別れちゃいなさい!」
ジュンジュンは
そう突き放して
電話を切ったらしい。
…正論だった。
だけど
どんなに正しい意見でも
こういう精神状態の相手には
受け入れ難いモノで。
そうやって簡単に
結論を出せて
理屈にそって
行動できるんだったら
どんなに楽だろう。
「怪しいとは
思ってたんだけどね」
でも、まさか自分の彼氏が
そんな大胆なマネをするとは
夢にも思わなかった、と。
そりゃそうだ。
そうだけど。
「だいたいあんなデブが
モテるワケないと
フツウ思わない?」
浮気しそうにないって点が
最大の魅力だったのにと
ユッキは捲し立てる。
「あははは」
自分の彼氏に
あんまりな言いようだった。
「子ども達にだって
好かれてたじゃない」
ちょっとフォローしてみる。
「だったらヒメは
アイツと寝れるッ!?」
「!!!!!!」
恐ろしい質問に
パニックする私を放置して
ユッキは続けた。
「…私も悪かったんだけどね」
受験勉強にかまけて
デートも疎かになってたと
ユッキは反省してみせる。
どうやらジュンニイの
着物のバイトも
彼氏の怪しい数々の行動への
牽制だったようで
「たまには女らしく
綺麗にした自分を
さりげなくアピールしたくて」
バイトにかこつけて
頑張ってたんだ。
浮気しそうにないから
なんて
ツッパっては
いるけれど
ホントは
大好きだったんだね。
ユッキは
自分のヒザに顔を埋めて
肩を震わせ始める。
そんな風に
泣かれると…。
情けないコトに
こんなとき
気の利いたセリフのひとつも
思い浮かばない。
いつも助けて貰っているのに
こんなふがいない親友で
ごめん。
ユッキのアタマを
そっと撫でた。
「もう遅いから
泊まっていけば?」
今夜はユッキの話に
とことんつきあおうと
腹を決めた。
誰かを自分の部屋に
泊めるなんて
小学生のとき以来だ。
ベッドの横に布団を敷いて。
「ヒメ、マクラは
低い方がいいんだけれど。
アタマに血が
回らなくなるから」
なんて
あまりにユッキらしい注文に
思わず笑ってしまった。
「何、おかしいのよ~」
って言いつつ
ユッキの顔も笑ってて。
私が貸した
テディベア柄のパジャマが
全然似合ってないと
ユッキが自分で自分に
ツッコんで大ウケしている。
やっとユッキらしく
なってきたね。
窓辺にあった木彫りの熊を
目ざとく見つけて
私をからかう。
「ヒメはお泊りデートじゃ
なかったんだ?」
「…今日は我が家で
ジュンニイとパパとママ
4人で初めて食事したんだ」
こういうときに
こういう話題って
どうなんだろうとは
思ったけれど
ちょっとした沈黙が
やっぱり息苦しい。
「そっか。
でも、いつまでも
お預けを食わしてたら
私みたいに浮気されちゃうぞ」
って。
何て自虐的な…。
「もしかして
ジュンイチさんとは
すでにヤッちゃってるとか?」
「!!!!!!!!」
思わず赤面だ。
ユッキって
こんなキャラだったっけ。
「ねえ!
どうなのよ!?」
「…今日
初めてキスしたよッ!」
布団をかぶって
ユッキに背中をむける。
「そうか。
これからなんだ!」
ユッキがマクラで
私のアタマをバンバン叩く。
「ジュンイチさん
モテそうだからね~」
しっかり見張っとけと
何度も釘を刺された。
ヒトの心配が出来るようなら
大丈夫かな。
ユッキの寝顔に安心する。
でも
私はユッキが思っているような
清純なオンナノコではない。
ジュンニイが
他のオンナのヒトとも
カンケイを持っていたとしても
私にはジュンニイを
責める権利はない。
だからといって
ジュンニイに
全てを話す勇気もなく…。
誰にも話せない。
誰にも相談できない。
自業自得とは
よくいったモノだ。
「まさか
あんなホノボノしたヒトがって
ちょっとショックだったよ」
「そりゃ、男だもん。
外見で判断したら気の毒だよ」
ジュンニイは
ユッキの彼氏の味方をした。
気がつけば
私はジュンニイには
何でも
話すようになっていて。
ジュンニイには
いちいち口止めしなくても
ちゃんと対処してくれるって
信頼感がある。
私はいつしか
自分の感じたコトが
常識的であるかを
ジュンニイの反応で
確認するように
なっていた。
「ジュンニイの周りには
綺麗なオンナのヒト
いっぱいいるんだよね?」
「ヒメが思ってるみたいに
派手な業界じゃないよ」
運転しながら
無愛想に答える。
今日のジュンニイは
どこかテンションが低めだ。
「現場の工事の
ごついオヤジばっかだし」
「オトコのヒトも好きとか?」
ウケを狙ってみただけなのに
「心配?」
マジに返されて
「…別に」
見事にスベった。
ジュンニイの口に
チョコを突っ込もうとして
「あ、もういらない」
チョコ好きのジュンニイに
拒否された。
…やっぱりいつもと
どこか違う。
もしかして私
また何かヤラカシテ
しまったのだろうか。
アタマの中で
エピソードを紐解いて
検証してみる。
思いあたるコトが多すぎて
どんどん不安になってきた。
袋の中のチョコが
不安と反比例して
どんどん
どんどん
減っていく。
「このマンションだよ」
ジュンニイが
建設中のマンションの
反対側の道路に車を停める。
「来月の完成予定。
買っちゃった」
…買っちゃったって
「このマンションを!?」
車の窓から思わず
身を乗り出して
見てしまった。
「ここなら
ヒメの進学する大学の
キャンパスにも
アクセスがいいし」
それって…。
「これが外観の完成予想図で
こっちが部屋の見取り図」
3LDKって
一人暮らしには広すぎで。
「ヒメ専用の
クローゼットルームも」
って。
「鍵できたらスグ渡すから」
まさか…
「お掃除しに来いとか?」
「住むんだよ。いっしょに」
「!!!!!!!!!」
その強引な展開に
コトバもでない。
ジュンニイの腕を掴んで
ぱくぱく泡を吹いてる私を
軽く受け流して
「じゃ、インテリアでも
見立てに行きますか」
ジュンニイが車を発進させた。
あの
それって
同棲しようって話だよね。
私達ってまだ
そこまでカンケイが
進んでないような
気がするんだけれど。
アタマがパニックを
起こし始めていて
正常に機能しない。
「チョコばっかり食ってたら
ニキビできるぞ」
「…いいもんッ」
私の意見も聞こうともせずに
どんどん自分のペースで
進めていくジュンニイに
とりあえずスネてみた。
チョコをつまんでいる
私の手を掴まえて
ジュンニイが自分の口に
チョコを入れさせる。
「さっきチョコは
もういらないって…!」
「ヒメは肌が
キレイなんだから
もっと大事にしなくちゃ」
そう言って
意味ありげに手の甲で
私のアゴを撫でてきた。
「…スケベ」
自分で言っておいて
自分で赤面する。
「ふふん」
ジュンニイはまたしても
軽く受け流して
カーステレオから
流れてくる音楽を
口ずさみ始めた。
…機嫌は
悪くはないようだけど。
「……」
またしても
ジュンニイの顔色を窺っている
自分に気づいて
落ち込んだ。
「インテリアに関するモノは
たいてい揃うから」
ジュンニイが連れてきてくれた
インテリアショップ。
「美大の先輩の店なんだ」
ジュンニイの美大時代。
ジュンジュンに
写真を見せて貰ったコトが
あるけれど
髪の毛を
すんごい伸ばしてて…。
「何、思い出し笑いなんか
してるの」
ジュンニイにツッコまれた。
支配人だと名乗ったそのヒトは
ジュンニイのジーンズの
後ろポケットをポンッと叩いて
「彼女?」
ジュンニイに耳打ちしている。
「へ~。婚約者なの?
歳いくつ?」
…品のないしゃべり方。
この間のスケベな視線の
外国人といい
ジュンニイの周りには
変なキャラが多くない?
「ちょうどよかった。
ジュンにちょっと
見て貰いたいモノが
あるんだけど」
そう言って
支配人は私達を
最上階のオフィスに
連れてきた。
「どう思う? この絵」
うさんくさい男が
売りにきたモノで
あまりに怪しいので
買取は保留して
預かったらしい。
「ま、本物なら
相当な掘り出しモノ
なんだけど」
支配人は
絵の裏のサインを見せる。
日付の隣りに
作家のフルネームが
入っていて
「…ウソ」
それは私がよく知っている
『彼』の名前だった。
ホントに?
『彼』の絵なの?
こんなトコロで出逢うなんて。
…カラダが震える。
「この少年画家の絵は
ナマでは見たコトがないし。
何とも言えないですね」
え?
…今
ジュンニイは
「少年画家」だって言った。
ど、どうしてジュンニイが
『彼』のコト知ってるの
!!!!!!!!!?
不安と疑問が
アタマの中を支配する。
『彼』って有名だから?
それとも面識がある
…とか?
ジュンニイの様子を
そっと横目でチェックした。
「あ、ヒメの同級生
なんだっけ」
「何で知ってるのッ!?」
思わず大声を出してしまって
ジュンニイが真顔になる。
失言、失態だ。
私ってば
自分から白状してどうする!!
「…妹の部屋に
切り抜きとか貼ってあるから」
え?
「同級生の成功が
嬉しかったみたい」
…ジュンジュンが?
ウソだ。
だってそんな素振り…。
ジュンジュンが自分から
『彼』を話題にしたコトなんて
一度もなかったし。
興味を持っていたなんて
信じられない。
そうだよ!
テレビの取材のときだって
ユッキの悪口に
加担してたじゃないか。
一生懸命
記憶を辿ってみても
ジュンジュンと『彼』を
繋げるモノなんて
思いつかない。
「……」
嫌な予感に
カラダがさらに凍りつく。
だけど
『彼』のコトは
誰にも
絶対に知られるワケには
いかない…!
悟られまいと
私は必死で平静を装った。
「で、この絵の
信憑性なんだけど」
「母親の自称夫の
持ち込み、ですか」
『彼』の母親。
その夫…。
『彼』にだって
家族がいて当然なのだけど
それは
その浮世離れしていた
『彼』には
そぐわない響きで。
「夫だと言ってはいたけれど
どう見ても
ヒモみたいだったけどね」
「怪しすぎますよね。
ホンモノだとしても
正当な方法で手に入れたんじゃ
ないかもしれないなあ」
ヒモっていうのは
自分は働かないで
オンナのヒトに
生活の面倒をみて貰っている
オトコのコトだ。
…『彼』のお父さんじゃ
ないのかな。
複雑そうな事情が
垣間見える。
『彼』のどこか
投げやりなトコロは
この辺りに
起因しているのだろうか。
「そのヒモが証拠だと
置いてったのがコレ」
支配人が見せたのは
親子遠足か何かの
古い団体写真だった。
私は反射的に
古い写真の中に
『彼』の姿を探してしまう。
「…これ。英会話教室の
キャンプのときの写真だ」
ジュンニイが写真を指差して
「ほら、最前列に」
小学生のジュンジュンが
写っていた。
「そのオンナノコの
隣りで写ってるのが
本人らしいんだけど」
支配人が補足する。
…面影が残ってる。
確かにジュンジュンの隣りで
ジュンジュンと手を繋いで
写ってるのは
『彼』だった。
ふたりは
そんなちいさい頃からの
知り合いだったの?
そんなコトひと言も…。
「この少年も俺、知ってる」
え?
「ヒメが行方不明に
なったときに
いっしょに発見された
少年だよ」
「小4の夏、8月10日」
「君に初めて逢った日」
『彼』が口にしていた
その日は
まさに
私が行方不明になった
あの日だった。
ジュンジュンは
『彼』と幼なじみで
私は『彼』と
行方不明騒動で
繋がった。
ジュンジュンが
私の記憶力のなさを
いつもチクチクと
指摘し続けていたのは…。
いったいあの日
何があったと言うのか。
ジュンジュンに聞いたら
教えてくれるだろうか。
…いや、ダメだ。
怖すぎる。
聞いてはいけない気がする。
逆に私のコトを
突っ込まれでもしたら
誤魔化しきれる
自信などない。
「…何か気になるな」
「え?」
ジュンニイは
真相を確かめようと
言い出して
「この時間なら
妹がバイトへ行く前に
掴まえられるから」
ジュンニイが
エレベーターのボタンを
押した。
「…バイト?」
「秋頃から始めた
らしいんだけどね」
「…知らなかった」
「ウソ?」
忙しい、忙しいとは
よく口にしていたけど
大学のチア部の練習に
参加させて貰っているから
だとばかり思っていた。
「チア部なワケないよ」
タクシーで
夜中に帰ってきたり
泊まりの日もあったという。
「彼氏でも
できたのかなとも
思ったんだけどね」
「彼氏ができたのなら
私やユッキに一番に
教えてくれるハズ…」
「だろッ?」
だからちょっと心配なんだと
ジュンニイはつけ加えた。
押し込められるようにして
私はジュンニイに
強引に車に乗せられる。
「最近、アイツおかしいと
思わない?」
思う。
思ってた。
「だいたいさあ。
夏休みの着物のバイトだって」
ジュンジュンが熱心に
売り込んできたという。
「しかも自分ではなく
友達がバイトを探してるから
って」
…話が違う。
どうして?
何の為に?
「ヒメの写真を見せてきては
やたら売り込んできたりして」
ジュンニイが
ハンドルを乱暴に切った。
「…ウソだけは
つかないヤツだって
信じてたんだけどな」
ジュンニイも
苛立ちを隠せない。
玄関先で
出かけようとしていた
ジュンジュンを掴まえた。
ジュンニイの口から
『彼』の名前が出てきて
ジュンジュンの
顔色が変わる。
「……」
私はジュンジュンに
見つめられて
私の方がその瞳に
尋問されているような
錯覚を覚えた。
「急いでるから」
ジュンジュンは
ジュンニイの手を振りほどいて
玄関のドアに手をかける。
「ヒメ。私達、親友だよね」
「え?」
ジュンジュンは振りむきもせず
「後でメールするから」
そう追加して
ジュンニイの制止を
振り切って駆け出していく。
「アイツ…」
ジュンニイが舌打ちをした。
「…後でメールくれるって
言ってたし。
急いでただけじゃないのかな」
「ヒメは…!
…もういいッ!」
ジュンニイがますます
不機嫌になった。
だって。
ジュンジュンの口から
真相を聞くのが恐かった。
万が一にでも
ジュンニイに
『彼』とのカンケイを
不審がられでもしたらって
この場から
逃げ出したかったのは
私の方だったから。
「はああああああ」
ジュンニイは
おおきな溜息をついて
「…せっかく来たんだから
コーヒーでもどう?」
私の背中を押した。
「大丈夫。
この時間は誰もいないから」
それって
遠慮はいらないって
意味だよね。
深い意味はないよね。
「そうだ。
よかったら
『彼』の絵の切り抜きとか
覗いていかない?」
ジュンニイは
ジュンジュンの部屋の
ドアを開けて手招きする。
「…留守中に無断で
入ったりしたら」
「かまわないよ。
いつもドア開けっぱだし」
ジュンニイに促され
ドア越しに部屋の中を
覗いてみた。
オシャレな部屋。
天井からいろんなモノが
釣り下がっていて
ちょっとしたお店みたいだ。
小学生のときに
遊びにきていた頃とは
全然違っている。
私の知らない
親友の世界。
「ほら、これ」
ジュンニイが
壁にかかっている絵を叩く。
「『彼』の絵の
雑誌の切り抜きを
スキャンして
自分で作ったらしい」
その絵達は実に
その部屋にマッチしていて。
「…絵に合わせて
部屋を
コーディネイトしてるみたい」
「センスあるんだよな」
たくさんの画壇情報誌が
本棚に並んでいる。
一番古いので
私達が高1の春のモノだ。
付箋がついているのは
『彼』の作品が載っている
ページなんだろうか。
DVDとか
一般紙とか
本当にたくさん揃っていた。
「…なあ。
『彼』って学校じゃ
どんなカンジ?」
ジュンニイの質問に
カラダが強張る。
「…今、学校来てないみたい」
心臓が爆発しそうだ。
「じゃ、『彼』と妹が
つき合ってるとかって線は
ないワケだ」
あ…。
ジュンジュンとの仲を
疑ってたんだ。
ほおおおおお。
胸を撫でおろす。
「何だよ。
何笑ってるんだよ」
ジュンニイが
私のアタマを小突いた。
「バイトのコトとか
ちゃんとジュンジュンに
聞いておくから!」
私は取り繕って
部屋を出る。
「コーヒー飲む?」
リビングでジュンニイが
手慣れた様子で
コーヒーを淹れ始めた。
豆も自分で炒って
ブレンドして
相当な本格派だ。
コーヒーのいい香りが
懐かしいリビングに
広がってゆく。
「この部屋は
変わってないんだね」
「そりゃ
オヤジの家だもん。
俺達がオヤジのセンスに
口出しなんか
できないよ」
「私、この部屋
居心地いいから好き」
ジュンニイが私のセリフに
やさしく微笑む。
やっと笑ってくれた!
ジュンニイの笑顔に
安堵する自分がいた。
淹れたての
コーヒーを運んできて
ジュンニイはそのまま
私の隣りに座る。
「もしかして猫舌?」
そう笑って
ジュンニイは私から
カップを取り上げる。
カップを不自然に
テーブルのむこう側に置いて
ジュンニイが
もたれかかってきた。
私はその重みを支えきれず
ソファーに倒れこんで
「ちょっ…」
ジュンニイが
私のヒザの上に突っ伏する。
「おっも~い!」
ジュンニイを
持ち上げようとして
「ジュンニイ、すごい熱!」
「あ。何か今日は
ダルイな~って
思ってたんだけど」
「……」
こんなに熱があっても
自覚してなかったなんて
元来、丈夫なんだよね。
フツウ気づくよ。
「今日はいつになく
ジュンニイのテンションが
低かったワケだ」
「え?
俺、テンション低かった?」
熱を出してる
ジュンニイには悪いけど
ホッとした。
自分が
大事にしているヒト達から
嫌われる。
呆れられる。
幻滅される。
そんなの
耐えられそうにない。
「イブの夜
妹にぶっかけられた
ペットボトルの水が
効いたかな」
私は何て
臆病者なんだろう。
「ヒメ?
何だよ。どうしたの?」
ジュンニイに
頬に触れられて
涙がこぼれてしまった。
「大丈夫だよ。
大袈裟なヤツだなあ」
ジュンニイが
私を抱きしめてくる。
何度も何度も
私のオデコや頬に
キスをして
「あ~~~~っ!
体調、万全だったらな」
悔しがった。
あはははは。
「今日はあったかくして
寝なさい!」
「ふあ~い!」
大晦日に初詣にいく
約束をして
玄関までジュンニイに
見送って貰う。
「あのさ。
いっしょに住みたいって
言ったのは
本気だから」
ジュンニイが
背中から私のカラダを
抱きしめてきた。
「…ヒメに再会したとき
直感的に思ったんだ。
コイツだって」
同じ空気とタイミングを
持っている相手。
「いっしょにいるのが
自然だから
だからいっしょに
暮らしたいと思う」
うん。
「…私もそう思う」
ジュンニイの頬に
私は振りむきざまに
キスをした。
