2008/08/08
【小説】まあるい♪おしり 001
近所に音楽教室が
できたって
チラシが入っていた。
この子、ちょっと
音痴なトコロがあるから
「幼稚園に入学する前に
少し習わせようかと思って」
子どものくせに
ちょっと声が低めで。
いつも「おう、おう」
言ってて。
どんな歌もみんな
同じに聞こえてしまうくらい
音の高低がなくて。
「神経質にならない方が
いいんじゃないかなあ。
味があって
かわいいと思うけど」
ジュンニイはわかってない。
1日おためし体験
とやらに
娘を参加させて
みるコトにした。
「1日で何教えて
くれるんだろうね」
興味津々でジュンジュンが
いっしょについてきた。
「何かさ。
私がちいさい頃に
近所にあった音楽教室と
同じ名前でさ。
思い出すなあ」
ジュンジュンは
その音楽教室に
『彼』が通って
ピアノとヴァイオリンを
習っていたと懐かしむ。
同じ年頃の子ども達に混じって
娘がドレミファを習う。
「声が野太いし
ひときわ
おおきいいから
すぐわかるね」
ジュンジュンが
ガラス越しの娘を
指さして苦笑する。
私は器楽演奏は
怪しかったけれど
声楽はそこそこ
点はよかったし
ジュンニイだって
学生時代
バンドで
ヴォーカルやってたくらい
上手だ。
「…たぶん
ウチのママからの
隔世遺伝だと思うんだよね」
溜息が出る。
「だとしても
そんなコト
ヒメママには言わない方が
いいんじゃない?」
「わかってる」
ママがこの子のコト
これ以上
煩わしく思われたら
タイヘンだ。
音痴のママに
歌い聴かせて貰った曲は
みんな本来の
メロディーラインとは
程遠くて。
「ヒメちゃんの音痴~」
幼稚園や小学校で
みんなにからかわれた
嫌な思い出がある。
「一から
覚え直すハメになった童謡の
多かったコト!」
やっぱり
基本的な童謡くらい
ちゃんとした先生に
習わせたい。
「幼稚園の先生に
まかせればいいんじゃない?」
たくさんの園児を
みなきゃいけないのに
「ひとりの音痴の子どもに
とことんつき合ってくれる程
先生はヒマじゃないわよ」
親の心配など
どこ吹く風で
ガラスのむこう
最前列のど真ん中で
娘が
ずうずうしい程
楽しそうに歌ってる。
「子どもはね。
音域がまだ狭いから
うんと高い音や低い音を
上手に出せなくて
当たり前なんですよ」
その声に振りむくと
品のいい
老紳士が立っていて。
「カタツムリ先生ッ!?」
ジュンジュンが
大声をあげた。
「…えっと。
お嬢さんは
私の音楽教室の
卒業生なのかな?」
カタツムリ呼ばわりされて
紳士の笑顔が
若干引きつってる。
確かに
くるんと丸まった前髪が
カタツムリに見える…。
あだ名の所以は
一目瞭然だった。
笑いをかみ殺すのが
タイヘンだ。
「幼なじみが
通っていたので」
ジュンジュンが
『彼』の名を出すと
「ああ!
あのオトコノコね。
よく覚えてるよ」
カタツムリ先生の顔が
うんと優しくなった。
「ほら
そこの壁にかかってる
カタツムリの絵。
当時『彼』が
楽譜に落書きしてたモノだよ」
落書きと呼ぶには
かなりのリアルさで。
五線譜の周りを
取り囲むように
おおきなカタツムリの後を
ちいさなカタツムリが
追うようにして
たくさん描かれていて。
「何か有名な画家に
なっちゃったみたいだけど
音楽のセンスも
ピカイチだったなあ」
また音楽を
始めて欲しいんだけどなあ
って
まるで『彼』が
生きているかのような
カタツムリ先生の言い方に
切なくなる。
「こんなトコロで
『彼』の作品を
目にできるなんて
思わなかったね」
ジュンジュンの目が細くなる。
「待たせたな~ッ」
娘がレッスンを終えて
部屋から出てきた。
「楽しかった?」
「おうッ!
先生のおっぱい
おっきかったッ」
って…。
レッスンの間
何に興味を持ってるんだ。
隣りでジュンジュンが
お腹をかかえて
笑い転げてる。
「そっかあ。
先生のおっぱい
気に入ったかあ。
キミはセンスがいいなあ。
ぜひまた見においで」
「おうッ!」
…『彼』だけでなく
娘のセンスすら
褒めるなんて
カタツムリ先生は
とっても商売上手だった。
