2007/11/07
【小説】himegoto*
大胆な『彼』
時間が経つ毎に
私のイライラと後悔は
どんどん膨らんでいく
ばかりだった。
私のカラダは
『彼』の指の動きを
鮮明に記憶していて
私のアタマを支配していく。
『彼』のコトなんて
好きじゃないと思ってた。
『彼』のコトだって
何も知らない。
『彼』の存在を
初めて意識したのは
『彼』が
おおきな絵画展で
最年少受賞したと
学校中で騒ぎになったとき。
テレビカメラが
教室に入ってきて
ライトの中
場違いに
うつむいたままの『彼』。
そのギャップに
笑いを我慢できなくなって
NGを出してしまったのが
私、だ。
教室のみんなも
緊張が解けたのか
つられ笑い。
「あ、いいね~。そう!」
「クラスメイトのみんなも
その笑顔で」
「撮影協力よろしくね~」
テレビの取材クルーの
おにいさんのフォローに
救われたハズ
だった。
なのに。
『彼』は私の前に
仁王立ちしたかと思ったら
私の隣りにあった机を
思いっきり蹴飛ばして
そのまま『彼』は
教室から
出て行ってしまった。
教室が静まり返る。
「感じ悪~い!」
おおきな声で
『彼』の行動を非難したのは
ユッキだった。
「日頃、存在感ゼロのくせに。
こ~ゆ~ときだけ威圧感!?」
ユッキの口撃が止まらない。
「ホンット
あの前髪うっと~しいッ!
絵の具つけて
筆にしてんじゃないの?」
教室の空気が
ますます固まった。
「だったら、もっと毛先
整えなきゃね~♪」
おどけてみせたのは
ジュンジュンだ。
ユッキとジュンジュン。
ふたりは大切な
私の親友だ。
ユッキとは
中2のときに
クラスメイトになって
仲良くなった。
勉強もできて理知的。
でも
かなりの毒舌で
潔癖な性格だ。
ユッキが最初に
声をかけてきてくれたのは
席替えのとき。
クラスメイトに
席を交換しろと
迫られていた私を
助けてくれた。
ユッキが間に
入ってくれなければ
勝手に席を替わったと
私が先生に
酷く叱られていただろう。
ユッキは
筋が通らないことが嫌いで
席替えの騒動のときは
私の為に
そして
自分の正義の為に
そのコと大喧嘩した。
「だって、ヒメが
お人よしすぎて
見てられなかったよ!」
「ヒメ」というのは
私の呼び名で
名字から
二文字をとっただけの
単純なモノだ。
私はけっして
お人よしではない。
ただ押しの強い人間に
押し切られてしまう
だけなのだ。
『彼』とのカンケイの
始まりもそうだった。
強引に迫られると
NOと言えない。
でも、そんな自分の
優柔不断さを
私は必死で隠してきた。
もし『彼』とのカンケイを
ユッキが知ったら
どう思うだろう。
ユッキは堅物に見えて
高校に入った途端
彼氏をつくってしまった
シッカリ者で
自分の中でキチンと
将来の設計が出来ていて
何事にもちゃんと
順番を守って
進めていくのが身上だ。
間違っても
快感や誘惑に負けるような
人間ではない。
むしろそういう人間を
軽蔑している。
「結婚して
もしダンナが浮気したら
ダンナを刺して私も死ぬ!」
そう公言して
はばからない。
私だって『彼』と
つき合うようになるまでは
同じ心持ちだった。
遊びで抱きあうなんて
汚いと思ってたし
今でもそう思ってる。
初恋のオトコノコが
相手のオンナノコと
キスまでしておいて
その後、そのオンナノコが
そのオトコノコと
簡単にお別れしたのが
ジュンジュンにとって
かなりの衝撃だったらしく
「たいして
好きでもない人と」
つき合うなんて
信じられない、と
ジュンジュンは吐き捨てる。
たくさんのオトコノコから
告白されては
交際を断り続けている
どこまでも
誠実なオンナノコだ。
相手を深く知る為に
つき合ってみるなんて
発想はどこにもない。
人に弱味を見せるのが嫌いで
なかなか腹の中を
明かさないのに
「ヒメだから話せる」
私を信用してくれていた。
ふたりの親友にも
言えずにいた
『彼』とのカンケイ。
好奇心と同情と
『彼』の
私への激しい情熱に
私は流されていた。
私の前で
ありのままの自分を
さらけ出すコトを
いとわない『彼』。
顔色を窺うコトもしない。
私を自由に解放してくれる。
そんな『彼』には
何もかもさらけだせた。
こんなコトをしたら
嫌われるとか
思惑など
ふたりの間にはなかったから
ただ自然にふるまえた。
気も遣わず
遣われず。
ただ快感を
貪りあえばよかった。
先のコトは考えない。
相手のコトは気にならない。
無責任で
自分勝手なカンケイだった。
高1と高3と
クラスメイトだったと言うのに
名前と顔が
一致すらしなかったくらい
印象の薄かった『彼』。
可もなく不可もなく
目立つコトもしない。
背は高くもなく
低くもない。
どちらかというと
貧相なカラダつきに
見えていた。
声もちいさめで
「はあ」とか
「さあ」とかしか
しゃべらない。
口下手なのか
恥ずかしがり屋なのか
ヒトをナメているのか。
クールすぎる…。
そもそも
横に眠っている
『彼』の顔を見て
初めてその美形ぶりに
気づいたぐらいで。
私は本当に
『彼』の容姿にすら
興味がなかった。
手を繋いで
いっしょに街を
歩くワケでもない。
誰に紹介するでもなし。
『彼』は
私を解放してくれる存在に
すぎなかったから
それまでじっくり
顔を見るコトなんてなかった。
あの日
忘れ物を探しに
ひとりで放課後の
音楽室に行かなければ
あんなコトには
ならなかった。
今、思い出しても
あのときの
理不尽さといったら
例えようもない。
誰もいないハズの
音楽室。
ピアノの傍に『彼』がいて
私の音楽ノートを
パラパラとめくっていた。
「それ、私の…」
声をかけたけど
返事がなくて。
『彼』とは
テレビ取材の一件以来
気まずかったから
私はちょっと
警戒しながら近づいたんだ。
「返して…」
手を伸ばした瞬間
ノートを後ろに
投げられて
拾いに行こうとする
私の手を
『彼』は掴んで
抱き寄せて
私の唇を
強引に奪った。
そして
そのまま私を
オルガン机の上に
組み敷くようにして
「…謝って欲しいとは
思わないけど」
私の髪を撫でる。
「テレビ取材で
私が笑ってしまったコト…!?」
まだ根に持って
それでこんなコトして?
「小4の夏、8月10日」
『彼』には
私の問い掛けなど
耳に入ってはいないのか。
「…初めて逢った日。
俺のコト
覚えてなかったなんてさ」
…『彼』が自分の幼なじみ
だったなんて
このとき初めて知った。
小4?
クラスメイトだったのかな。
でも
覚えていなかった
「それくらいのコトで…ッ」
こんなマネをするなんて…!
それに
そんなコトを急に言われても
冷静に思い出せるような状況では
決してない。
視線を外してはいるモノの
すぐ近くに
『彼』の顔がある。
その上
ワケのわからない
インネンをつけられて
私の思考回路は停止寸前。
「…離して…ッ!」
振り解こうと力を入れると
『彼』はさらに
私に憤懣をぶつけてきた。
「あの日の約束以来
6年間ずっと
再会できる日が来るコトだけを
支えにしていたのに…」
『彼』の瞳が
みるみる涙で溢れ返っていく。
これじゃ
まるで私が加害者みたいだ。
「再会したときに
声をかけてくれれば
よかったのに」
どうして
2年も経った今頃になって…?
アタマの中が整理できない。
「ヒメ~!」
「ノートみっかったかあ?」
廊下のむこうから
ユッキとジュンジュンの
声がして。
助かった!
「ユッ…!」
声を上げようとする
私の口を手で塞いで
『彼』は私を
オルガン机の下に
引き込むと
スカートのホックを
片手で外して
そのままスカートごと
下着をヒザまで
引きずりおろした!
「ひッ…!」
「…お友達がこの姿を見たら
何て思うだろうね」
『彼』のセリフに
私のカラダは
固まるしかなくて。
「ヒメ~!」
音楽室ドアが開く音がした。
「あれ? いないね」
『彼』は黙って
空いている指で
私のカラダを
触れるか触れないか
微妙なカンジで弄んでいる。
「ノートあったのかな?」
音楽室のドアの辺りで
話し込んでる私の親友達。
彼女達の話が
長引けば長引く程
『彼』の指のイタズラが
エスカレートしていく。
私のカラダに『彼』の指が
なじんでいくのがわかった。
鳥肌が立って
寒気がしているハズなのに
アタマとカラダが
別物になっている。
この異常な状況が
私を狂わせているのか。
「ヒメに電話してみよっか」
ジュンジュンの声が
聞こえていたクセに
『彼』はそれでも
指を止めようとしない。
大胆な『彼』。
もし、ここで
こうしているコトが知れたら
私だけでなく『彼』だって
立場はないハズ。
何を考えているのか。
何も考えてないのか。
「あれ、出ないよ」
「教室のカバンの中に
ケータイ入れっぱなしに
しちゃってるんじゃないの?」
ふたりの声が足音とともに
遠のいていく。
ふたりきり。
なのに私は動けずにいた。
『彼』は手を止めて
「どうして
固まっちゃってんの?」
私の口を塞いでいた手を外す。
「これ以上進んでも
O.Kだって
受け取っていいワケ?」
『彼』のコトバにハッとして
慌てて身を起こした。
スカートを上げて
ごそごそと下着をつける。
顔から火が出そうだ。
そんな私を鼻で笑いながら
『彼』は私の音楽ノートに
走り書きをしている。
「雰囲気に流される
タイプなのな」
図星された。
「自分の意思が弱くて
強く出られると
受け入れちゃう」
走り書きしたノートを
私に突き返して
「…本当に
変わってないのな。
スキだらけでさ」
それとも
「…俺のコト
可哀想だとでも思ったの?」
「え?」
「今日のコトを
ふたりだけのヒメゴトに
しておくのかどうかは
そっちの心がけ次第だ」
「…脅してるの?」
「さあ、ね」
そう言い残すと
『彼』は一度も
振り返るコトもなく
音楽室を出て行った。
「…何よ!
自己陶酔しちゃって!」
悔しくって涙が出た。
ノートには
女体の落書きがひとつ。
そして
「そっちの心がけ次第だ」
『彼』のセリフが
本気であるコトを示すように
そこには
ホテルのティーラウンジ名と
日時が
指定してあった。
学校の帰り
『彼』の指定した時間通りに
私はそのホテルに向かう。
日本でも3本の指に入る
外資系の超高級ホテル。
利用している客は皆
高級外車やハイヤーで
出入りしていて
制服姿の私は
はっきり言って浮いていたし
ヒトの目を引きまくっていた。
約束のティーラウンジに
こそこそと
駆け込んでいこうとして
「ヒメミヤさまですね」
ホテルマンに名前を呼ばれて
呼び止められる。
ホテルマンは
『彼』の名前を口にして
「制服姿の美人の女子高生が
いらっしゃると
窺っておりましたので」
って。
それが本当なら
私に声をかけるのは
間違っているし
そんなコトを『彼』が
本当に口にしていたとしたら
それは物凄いイヤミだ。
何か不安が
ムカつきに変わっていく。
それでも
案内された席は
他の席からは様子が
わかりにくい造りに
なっていて
ちょっとホッとした。
メニューが
一応あるのだけれど
「お好みのモノが
ないようでしたら
どんなモノでも
ご用意できますので」
なんて。
お客さまの希望は
何でも叶えますって姿勢が
「…いくらかかるんだろう」
財布の中身を
心配させた。
しかも
メニューに値段が
書いてない!!!
…まさか時価では
ないんだろうけれど。
「…あの。
一番安い飲み物をください」
すんごく恥ずかしい
メニューの頼み方だと
自分でも思った。
なのに
「このラウンジの使用料は
すでに宿泊料に
含まれておりますので」
飲み放題
食べ放題
頼み放題だと
ホテルマンは言う。
…ここの宿泊費っていくら
かかるんだろうか。
未知のお金持ちの世界に
私のアタマの中は
軽いパニックだ。
「女性のお客さまに
好評なのは
ハーブティーですが
いかがでしょう」
顔面蒼白の私に
ハーブのリストを
見せながら
ホテルマンが
話し掛けてきた。
「特にローズ系のブレンドは
人気があります。
セサミ味のクッキーと
いっしょにどうですか?」
「セサミ味の…」
クッキー!!!!!
私の大好物に
「それ、ください!!」
思わず大声で頼んで
しまっていて。
何かこのホテルに入ってから
ずっと悪目立ちばっかり
しているような気がして
ハーブティーを飲んでも
落ち着かない。
「『彼』、何してるんだろう」
約束の時間は
とっくに過ぎていた。
午後の授業をサボって
「私より先に
学校を出たハズなのに」
そう思ったらどんどん
心細くなってきた。
…もしかして
からかわれたのだろうか。
『彼』は自分から
誘ったモノの
まさか
私が来るワケがないとか
思っていて
「来ないつもりなんじゃ…」
私は時計を見る。
「…やっぱり帰ろう」
大好きなセサミ味の
クッキーを口に詰め込んで
席を立とうとした瞬間。
後ろから
誰かに抱きしめられた。
「ホントに来たんだ」
低く響く『彼』の声。
口の中がクッキーで
いっぱいで
悲鳴もあげられなくて
「むぐ、ぐ、ぐ」
私はひたすら
ジタバタしてしまう。
『彼』はそんな私に
おかまいなしに
私の手を引っ張って
足早にティーラウンジを出た。
手慣れた様子で
『彼』はカードキーで
エレベーターに乗り込んで
「カバ、カバン!!
席に置いてきたままッ!!」
やっとクッキーを飲み込んで
パニックする私に
「後で部屋に届けさせるから」
淡々と答えた。
冷たい無表情な横顔。
長い前髪で口元しか
わからないけど。
「……」
その空気に
私まで
何だか冷静になってしまう。
「…こんな分不相応なホテル
とてもじゃないけど
お金払えないよ」
「俺、ここに住んでるから
払う必要なんてないし」
え?
このホテルに
「住んでる!!!!!!?」
エレベーターが止まって
驚愕する私の手を
『彼』は
また引っ張って
迷わず
一番奥の部屋に入っていく。
ホテルのロビーも
ティーラウンジも
凄かったけど
その部屋には
グランドピアノまであって
ゴージャスさに
目が眩みそうになる。
「こ、こんな部屋に
住んでるの?」
「別に、この部屋とは
限ってない」
「好きな部屋
選び放題とか?」
私の問い掛けにも
『彼』は気まぐれに
答えたり
黙ったりして
何だか自分のペースを
取り戻せない自分がいた。
「スゴイよね。
お父さん
お金持ちなんだね」
「……」
家族のコトや
生活費をどんな手段で
手に入れてるのかなんて
『彼』にとっては
苦痛以外のナニモノでもない
話題なのだと
このときの私はまだ
気づかずにいて。
知らないというのは
怖いモノで
残忍な行為を平気で犯して
相手を傷つけ続けてしまう。
「家のヒトとか
帰ってきたりしたら
どうするの?」
空気を読めずに
私は『彼』を
質問攻めにする。
そんな私を
『彼』は黙ったまま
さらに奥の部屋に
連れ込んでいった。
真っ暗な部屋。
フットライトだけが
妖しく光って
おおきなベッドが
目に入ってくる。
「…あの」
今から何が
起ころうとしているのか
さすがに鈍感な私にも
わかった。
「気に入らないんなら
他の部屋に
替えて貰ってもいいけど」
『彼』の気の遣い方は
どこか常識から逸脱していて
「……」
返事を戸惑っている私の
背中から
『彼』の腕が絡んでくる。
拒もうと思えば
拒むコトも出来たのに。
非日常的な
雰囲気に飲まれて
しまったのか
私がただ単に
優柔不断だったのか。
とにかく好奇心に
負けたっていうのが
正しいような気もする。
「……」
制服のブラウスの
ボタンに『彼』の手が掛り
「あ」
私の足が少しふらついた。
足元を照らすライトが
真っ暗な部屋での
唯一の頼りだ。
『彼』の行為にも
「…やッ」
そう抵抗のコトバを
発するのが
やっとの私で。
「そのつもりで来たんでしょ」
『彼』は私のプロテクトを
簡単にかわしていく。
『彼』の手によって
私は人形のように
立ったまま
どんどん
着衣を剥がされていった。
スカートも
例のごとく
簡単に落とされる。
私の足元に跪くようにして
『彼』の手が
私のソックスに掛った。
「…あッ、や」
『彼』の影が
私の視界の端で
陽炎のように揺らめいていて
これは現実なの?
それとも…。
片足を持ち上げられ
おおきく重心を崩す私に
「壁に手をつけば?」
『彼』はクールに命令して
私のつま先に
くちづけをする。
私は
ただただ
魔法にかかったように
『彼』のコトバに従っていて
この非日常的な空間に
完全に
自分をなくしていた。
『彼』は
私の足の指を
ひとつひとつ確かめるように
丹念に愛撫して
ヒザから腰に向かって
何度も何度も
指や掌が
羽根のように
軽やかに踊ってる。
ヒトの肌を
触っているというより
陶器か何かを
愛玩するような
自分が何か
美術品にでもなったような
錯覚に落ちそうになった。
芸術家の奇行に
狂わされる。
アタマが
おかしくなりそうだ。
『彼』のたてる音だけが
静かな部屋に広がっていく。
私の心臓の音が
耳障りなくらい
淫靡な世界で。
冷静になるコトを
この暗闇の世界は
許してはくれない。
立っていられなくなって
ガクン、と
足元から崩れる私を
『彼』は
ベッドに転がして
そして
続けた。
制服姿の『彼』が
何もまとわない私の上に
重なる。
私は完全な
『彼』の愛玩具。
「…痛いよ、これ」
『彼』のベルトのバックルを
引っ張って訴えると
『彼』はようやく
自分の服を脱いだ。
冷たいカラダ。
『彼』のカラダの
いろんなトコロが
私の中に侵入してくる。
まるで私のカラダを
鑑賞しているかのように
愛おしいモノを
愛でるように…。
飽きもせず
私の全てを
『彼』の五感に刻みつけ
そして
『彼』の存在を
深く深く
私のカラダに
記憶させていった。
甘さもなく
『彼』のペースで
『彼』の嗜好そのままに
成し遂げられた
その行為は
あまりにも
現実離れしていて
官能的で。
初めてだったにも
かかわらず
後を引いてしまうくらい
酔いしれてしまって
ちょっと悔しかった。
昨日
あんなコトがあったのに
『彼』は何もなかったように
教室では
私を無視し続けていて。
今までだって
ほとんど口もきいたコトもない
相手だったから
私はなるべく意識して
視界に『彼』を
入れないようにしていた。
「今日のヒメは
何か目が泳いでるよね」
親友のジュンジュンに
指摘され
益々オドオドしてしまう。
「恋でもしたのかな~♪」
同じく
ユッキにもからかわれ
「昨日の小テスト!
結果が恐くって
おびえてるのッ!」
必死で取り繕った。
私のふたりの親友には
ココロを通わせてもいない
よく知りもしない相手と
肉体カンケイを持つなんて
おそらく理解不能だろう。
ううん。
この私だって
自分で自分が
信じられなかった。
当然、『彼』と
そんなカンケイを持ったなんて
ふたりの親友には
とてもじゃないけど
言えないし
絶対に知られたくない
コトだった。
『彼』も私を無視して
いるコトだし
このまま
何もなかったコトとして
流してしまおうって
思ったのに。
体育の授業が終わって
体操着を着替える為に
移動する途中
私は親友達といっしょに
コトもあろうか
廊下で『彼』と
出くわしてしまった。
うわ。
前髪で『彼』の表情は
見えなかったけれど
気まずさから
私は思わず
『彼』から
視線を逸らしてしまっている。
前から歩いてくる『彼』は
道を譲るそぶりもなく
私と親友のユッキの間に
割り入るようにして
廊下を真っ直ぐに
歩いていった。
「何、あれ~」
ユッキが不機嫌になる。
「俺様の道だから
おまえらが避けろ、って
言わんばかりだったよね~」
あはははは、と
ジュンジュンも苦笑いだ。
「……」
だけど
私は
すれ違いざまに『彼』が
私にした大胆な行為に
凍りついていて
全ての神経が
自分の太股にいっている。
私のショートパンツに
『彼』は小さな紙を
差し込んでいて。
「……」
私は親友達に
わからないように
そっと紙を掌に隠した。
大胆な『彼』。
こんなトコロを
もし見つかってたら
どんな言い訳も
できないよ!
トイレの中で
『彼』からのメッセージを
開き見て
私は
再び固まってしまう。
そこには
私にもわかる英語で
【TODAY
At same place
and in same time】
今日
同じ場所で
同じ時間に。
そう書かれていて。
万が一
誰かの手に渡っても
問題がないようにとの
配慮からなのか
文面は慎重なのに
やってるコトは恐ろしく
「大胆すぎだよ」
と言いつつ
行くべきか
行かざるべきか
考えている自分がいて
自分で自分に
びっくりした。
「…どっちにしたって
『彼』と話をしなければ」
このまま無視して
変な恨みを買うのも
嫌だったし
こういうメッセージの
渡し方に対しても
ひと言いいたかったし。
私はそう自分に言い訳して
放課後
『彼』の元へと向かう。
ホテルの部屋。
「今日はちゃんと
話がしたいから!」
私の意気込みに
『彼』は私のブラウスに
掛っていた手を止めて
「どうぞ」
話を続けろと
ベッドの上に
不満げに腰を下ろした。
「だから、あの…!」
真っ暗な部屋
フットライトの光の中
浮かび上がる
『彼』のシルエットに
息を飲む。
髪を無意識にかきあげてる
その姿は
まるで一枚の
ポートレートのように
美しくて
私はコトバを
失ってしまっていた。
「…だから、何?」
冷たい平坦なトーンの
『彼』の声。
「……」
「もういいんなら
続きを始めるけど」
『彼』は私の制服に
再び手を掛けて
私の上半身をハダカにする。
「脱がすの巧いよね。
慣れてるんだ、こ~ゆ~の?」
「……」
『彼』は返事もせずに
そのまま私を
仰向けに寝かせた。
その舌は
私のカラダをキャンバスにして
何かを描いている。
芸術家の愛し方。
私はまるで
無機質なモノのように
扱われ
そこにいた。
やわらかいハズの
私のカラダを
固いモノかのように
『彼』は扱う。
冷たい手。
擦るように
滑るように
私のカラダを
弄んでいた。
「…たまゆらの」
古典の授業で習ったコトバが
蘇ってくる。
玉が触れあうように
かすかな
じれったい『彼』の指の動きに
ふと口をついたそのコトバ。
「万葉集だな」
『彼』が珍しく
まともな返事をした。
勉強ができる印象なんて
なかったけれど
ちゃんとマジメに
授業を聞いていたんだ。
変な感心をしてしまった。
「…どうしたの?」
『彼』の手は
そのまま止まって
しまっていて。
快感に集中していない私に
怒っているのか。
躊躇っているのか。
『彼』のその長い前髪を
私はかきあげて
『彼』の表情と意図を探る。
漆黒の瞳が暗闇の中
光ったと思ったのも
一瞬で
唇を奪われる形で
私は『彼』の表情を
見るコトを阻まれた。
情熱的なキス。
『彼』の前髪が
私の瞳に触れて
私は『彼』の髪を
何度も何度も
かきあげる。
私の腕に
『彼』は唇を移動させ
激しく愛してきた。
野性を感じさせる
舌の感触。
その動きはどこまでも
しなやかで。
黒ヒョウに
いたぶられているような
恐怖と快感を感じる。
このまま私はこのヒトに
食いちぎられてしまうのでは
ないのか。
そんな錯覚を覚える程
『彼』の行為は
刹那的で
一方的で
愛の通わないその行為は
どこか残酷だった。
イケナイコト。
不道徳なコト。
そう感じれば
感じる程
私は
自分の知らなかった
快感の渦に
巻き込まれて。
気が遠くなるくらい
『彼』の行為を
受け入れ続けて
時間の感覚が
なくなっていく。
ママからの電話で
もう21時を
すぎてると知って
大慌てで
着替えを始めた。
「シャワー浴びないの?」
『彼』は裸のまま
私の様子を冷やかに見ている。
「石鹸の匂いなんかさせて
帰れないよ!」
昨日だってうっかり
違うシャンプーの香りで
帰ってしまって
「体育の時間
アタマから砂の中に
突っ込んじゃって、って」
ママに言い訳するのが
タイヘンだった。
なのに。
「ふふん。
俺の手跡をいっぱい残したまま
今日は過ごすんだ?」
なんて
『彼』はとっても意地悪で
「…シャワー借りる!」
取りあえず
石鹸を使わずに
シャワーで
『彼』の汗や唾液を流した。
何か凄くみじめだ。
「…もう、こんなカンケイ
オシマイにしよう」
このままだと
自分で自分が嫌いに
なりそうで
怖かった。
「あれ?」
何だろう、コレ…。
ゴミ箱の中に
無造作に捨てられていた紙。
手を拭いて
拾い上げてみると
学校の小テストで。
「まともに書いてる
答えがひとつもない…」
なのに
全部に赤丸がついていて
一見、満点のテストに見えた。
リビングにいた『彼』に
問い糺しても
「…だから?」
顔色ひとつ変えずにいる。
「こういうのって
偽装、でしょ。
よくないよ」
勉強ができなくたって
別に恥ずかしいコトじゃない。
なのに
こんな見え透いた
小学生みたいなズルをして
人間性を疑うよ。
こういうコトをするヒトに
抱かれてしまったかと思ったら
情けなくって涙が出た。
私ってば
ホント、ヒトを見る目が
ないっていうか…。
涙が止まらない。
「…先生が
勝手にやってんだから
俺に言われても知らない」
「え?」
「回答欄に何か
書くだけでいいから、って
アタマ下げられたから
テスト受けて
やってるだけだし」
何、それ!!!!!!!
「特待生だから
進級して貰わなくちゃ
困るんだってさ」
「……」
確かに
ウチの学校は
特待生が優遇されるって
ウワサがあったけど
本当だったんだ…。
『彼』は
絵画の世界で有名だとは
きいていたけれど
そんな特権を貰える程
すごい人材だったなんて
私はあまりにも
認識不足だった。
「でも、おまえが嫌なら
テスト受けるの止める」
「違うでしょ!!
ちゃんとテストを受ける
でしょ!」
「……」
『彼』は不満そうに
私に背中をむけた。
なのに
「…テスト
ちゃんと受けるよ」
なんて。
…どうして
私の言うコトなら
何でも
聞いちゃおうとするの?
私のコト
ちいさい頃から
ずっと
片想いしていたらしいけど
こんな風に素直すぎるのも
何か私に責任を全て
押しつけられているようで
すごく不愉快だった。
「私に言われたら
何でもそんなに
素直に受け入れられるワケ?」
「そうだよ」
「死んじゃえって言われたら
死んじゃうの?」
「もちろん」
『彼』は背中をむけたまま
躊躇なく答える。
「そういう適当なコト
ばっかり言ってるから
あなたのコト
信用できないのよ」
私のキツイひと言に
「…適当なんかじゃないよ」
『彼』が
静かに振り向いた。
『彼』は引き出しから
おもむろに大量の薬を
出してきて
「な、何する気?」
「おまえが望むなら
この命でよかったら
いくらでもやるよ」
目の前で薬をイッキに
ラムネ菓子のように
流し込む!!!!!!
「何やってるのッ!!」
『彼』の口の中に
手を突っ込んで必死に
薬をかき出した。
げほッ!
むせ返る『彼』の
頬を叩いて
「いい加減にして!!
もうつきあってらんない!!」
カバンを持って
部屋を出ようと
ドアに手をかけた瞬間
ガラスの砕ける音がして
私は思わず
振り返ってしまった。
『彼』の手から覗く
砕けたグラス。
真っ赤な血が
したたり落ちている。
異常な光景。
なのに
美しいなんて
感じてしまった私は
どこか『彼』に
アタマのネジを1本
抜き取られていたとしか
考えられなかった。
『彼』の手が
私に向かって
一直線に伸びてきて
『彼』は俯いたまま
その手を開いて見せる。
傷口が3つ
ぱっくり開いていて
うちひとつは
口が開いたまま
血も出ていなかった。
血管がない部分を切っても
血は出ないんだって
生物の先生が言ってたっけ。
アタマが完全に
現実逃避を始めている。
「いっそ、死ねと言われた方が
楽だったかもしれない」
『彼』が
静かに自嘲した。
「絵を描かなきゃならない
大事な手でしょう!!」
私は必死で
自分を取り戻そうとする。
持っていた絆創膏で
とりあえず止血して
タオルで『彼』の手を包んだ。
「深く切れてるみたいだから
ホテルのヒトにきて貰うね!」
部屋の電話を手にした
私のヒザを
『彼』の舌が這う。
「ちょっと! 何するの!!」
「…血が出てるからさ」
『彼』の怪我に
気を取られていて
ガラスのカケラの上に
跪いてしまっていたコトに
私は全然
気づいていなかった。
「…ヤダ。やめてよ」
『彼』は私のヒザから
滴り落ちる血を
丹念に舐めている。
「私が何か悪い病気とか
持ってたら
タイヘンなコトになるよ」
「構わないよ」
口元を血で汚した
美しいバンパイア。
「むしろ
そんな死が選べたら
光栄なくらいだ」
そんなセリフを
さらりと言ってのける。
気がつけば
その後も
『彼』に乞われるまま
肌を合わせてしまっていて。
『彼』の激情に
流されている自分がいた。
ママに今夜もウソをつく。
親友の目を誤魔化しながら
今日も私は
『彼』の行為に
『彼』と過ごす時間に
非日常的な空間に
背徳を覚えながらも
溺れていった。
この交際には
進展もなく
後退もなく
「一瞬だけカラダを
重ねるだけのカンケイ」
それ以上
何を望むでもなく
ただ
傍にいて
『彼』の行為を
受け入れるだけで
ひとときの快感に
酔いしれながらも
「はあ…」
気がつくと私は
ちいさく溜息をついていた。
終わった後も
余韻を楽しむでもなく
さっさと自分だけ
先に着替えて
『彼』は窓から
外をずっと見ている。
「何が見えるの?」
「たまゆらな俺の人生」
人生なんて
所詮一瞬。
そう笑い飛ばした。
「たまゆら」
「玉が触れ合うように
かすかに」
「しばしの間」
ヒトとの触れあいの人生を
そんな風に表現した『彼』。
私はそんな『彼』を
理解できずに
ただただ
カラダだけのカンケイを
続けていく。
毎日、当たり前のように通う
高級ホテル。
「このホテルのオーナーが
『彼』の絵のパトロンだから」
宿泊客のウワサを
耳にした。
ホテルのロビーなんかに
『彼』の絵が
飾ってあるけれど
私は
『彼』が絵を描いているトコロを
見たコトがない。
テレビで紹介されていた絵も
ホテルにある絵も
難しすぎて
その良さが
私にはよくわからない。
凡人の理解を超えた絵は
さぞ奇妙な環境で
描き出されているんだろうと
勝手に思い描いていた。
今日も
いつものように
『彼』と待ち合わせて
いつものように
『彼』は遅れて現れた。
だけど
この日の『彼』は
いつもとは違っていて。
私には手も触れず
ベッドの上に
靴を履いたまま
仰むけになって
ただ天井を
見つめ続けていた。
「……」
どうしたんだろ。
カラダの調子でも悪いのかな。
『彼』はいつも
前髪でその端正な顔立ちを
隠していたのだけれど
この日の『彼』は
めずらしく
髪をかき上げていて。
長いまつげが影をつくって
…色っぽい。
『彼』の容姿に
思わず見入ってしまう。
胸の上に乗せている
両の手の指先には
画家としての証が
残っていて。
絵を描いてきた直後なのか。
『彼』はずっと身動きもしない。
私は初めて
『彼』との時間に
気まずさを覚えた。
「…何か飲む?」
冷蔵庫を開けてみる。
たくさんの飲み物。
その種類の多さに
部屋のグレードの高さを
実感した。
そう言えば
『彼』が自分から
食べたり飲んだりしているのを
あまり見た記憶がない。
好みなんて知らない、けど。
「ミネラルウォーターで
いいのかな?」
とはいえ
それらしい瓶が3種類もある。
「ねぇ!」
3種の瓶を持って
私は『彼』に近づいていった。
「ねぇってば…」
私は持っていた瓶を
『彼』の顔に
押し当てようとして
瓶からこぼれ落ちて
『彼』の首筋を伝う水滴に
息を飲んだ。
その無防備さに
ワケのわからない
衝動を覚える。
襟元から覗く素肌に
赤い絵の具。
そっと開き見ると
カラダ中あちこちに
飛び散っていた。
ハダカで絵を
描いていたのだろうか。
指でこすっても
取れそうにない。
「……」
この衝動は何なのか。
触れてみたい。
そんな気持ちになったのは
初めてだった。
オンナノコのカラダを見て
綺麗だと触りたくなる
コトはあっても
オトコノコのカラダに
そんな欲求を持つコトなど
なかったし。
触れ慣れたカラダの
ハズだった。
知り尽くしたハズの
カラダだった。
この胸の高鳴りは
なんだろう。
オンナノコがオトコノコを
陵辱する。
イケナイコトだと
自分の中で
ブレーキをかけようと
すればする程
深みにハマっていく
自分がいた。
私は好きでもない
オトコノコを
オモチャにしようと
しているのだ。
相手の同意も得ずに
無防備な『彼』を
襲おうとしている。
綺麗なアーチを描く
『彼』の眉を
唇でなぞってみた。
いつもはグッと結んだままの
『彼』の口元がゆるんで
スキだらけだった。
私は初めて自分から
その無防備な唇を求めた。
少し乾燥したその表面に
軽く触れるか
触れないくらいに
自分の唇を近づけてみる。
自分が何をしているか
わかっている。
わかっているからこそ
興奮した。
私は『彼』の唇の渇きを
自分の舌で確認して
『彼』の中に
イッキに押し入れていく。
相手のカラダの中に
ねじ込む快感は
私の中の動物を
呼び覚ます。
いつもは
受け入れるだけだった私の
こんな姿を見たら
『彼』はどう思うだろうか。
そう考えただけでも
イケナイコトをしている自分に
昂揚した。
『彼』の制服の
シャツのボタンを外していく。
その肌はしっとりと
吸い付くようだった。
きめの細かい肌に
似合わない胸の筋肉。
絵ばかり描いている
インドアな
イメージしかなかった。
よく知っているハズの
『彼』のカラダ。
初めて愛おしく感じた。
自分のペースで
自分の主導で
進めることの快感。
与えられるときより
与えているときの方が
愛情を強く感じるから
不思議だ。
『彼』に対する
後ろめたさは
愛情の芽生えによって
変質していく。
『彼』の全てが知りたいと
初めて思った。
指についている
絵の具の赤に
『彼』の好む色を
想像する。
『彼』の右手を取り
その指を口に含んだ。
その瞬間
『彼』は私を
自分に引き寄せ
組み敷いて
強い力!!
制服のブラウスを
引きちぎらんばかりの勢いで
脱がされる。
「痛い…ッ!」
私の訴えなど
『彼』の耳には入らない。
こんなコトは初めてだった。
「スカート
シワになっちゃうから!」
私の訴えなどお構いなしで
『彼』はスカートの中から
下着を片足だけ引き抜いた。
いつもと違う
『彼』の荒々しさに
私は動揺し
快感に感涙する。
なのに
「…もう終わりにしよう」
『彼』は唐突に
私に別れを切り出した。
私は過去にないくらい
『彼』の指使いに
感じていたというのに…!
「ズルい…ッ!」
そう言うのが
やっとだった。
別れようと言ったその口が
私の敏感な部分を
刺激してくる。
「あッ、あ……ぁ…」
快感の渦に堕ちる私を
『彼』は征服者のように
哀しく嘲け笑った。
『彼』は私の反応に
無関心なハズだった。
声もあげず
シラけた表情を見せる私に
一途に尽してくれていた。
それは『彼』が
私に夢中だからで
いつか自分を
好きになって欲しいという
『彼』の願いが
そうさせたもので。
痛がったら
すぐに止めてくれたし
じっくり時間を
かけてくれていたし。
私だって
私なりにその気持ちには
応えてきたつもりだった。
初めてのときは
流れと好奇心で、と
言い訳できた。
それが2回、3回と
重ねられるコトによって
私は逃げ場を
なくしてきたワケで。
私をこんな風に
しておいて!
私があなたに興味と愛情を
認識したとたんに
この仕打ち!?
唐突な別れ話に
呆然として
ベッドの上で
まるくなっていた私を
『彼』は目で
デッサンしていたに
違いない。
そう思ったら
何だか悔しくなってきて
意地でも絶対に
泣いてなんか
やるものかって
「うん。もう終わりにしよう」
強がった。
