2007/11/28

【小説】himegoto*
変化

ひと月たった今でも
​
私はそのときの想いを
まだ引きずっていた。
​
​
「ジュンニイが?」
​
それは突然の依頼だった。
​
​
ジュンジュンのお兄さんは
新進気鋭の
空間プロデューサー。
​
​
歳もジュンジュンと
ひと回りも離れている。
​
​
ちいさい頃は
よくジュンジュンの家に
遊びに行っていたから
​
ジュンニイとは当然
面識はあった。
​
​
ノリの軽い
お調子者のイメージしかない。
​
​
お笑い芸人を
めざしていると思ったら
​
ビジュアル系バンドを
やってたり。
​
​
弁護士になる、と言って
猛勉強してたコトも
あったっけ。
​
​
ジュンジュンの陽気さも
この兄の影響ありき、って
カンジだ。
​
​
最後に会ったのが
私が小6だったから
​
かれこれ
6年は経っている。
​
​
そのジュンニイが
​
仕事のクライアントを招待して
ホームパーティーをするのに
​
手を貸して欲しい、という。
​
​
「クライアントって
オヤジ相手…とか?」
​
「外国人のご夫婦と
ちいさなお孫さん」
​
​
どうやら
怪しいバイトではないようだ。
​
​
でも
あのジュンニイのコトだ。
​
​
100%信じるワケには
いかない。
​
​
「着物きてニコニコしてれば
OKだから」
​
​
…怪しすぎた。
​
​
「私、行ってもいいよ」
​
​
簡単に承諾したのは
​
意外にも
大学受験を控えていた
ユッキだった。
​
​
「気分転換したかったし~。
​
彼氏も連れてって
いいんだよね?」
​
​
「ヒメも着物
きっと似合うよ~」
​
​
いつのまにか
当然のように
​
私の参加が決まっていて。
​
​
「……」
​
​
押しに弱いこの性格。
​
​
もう充分に懲りたハズ
だったのに
​
『彼』との関係は
​
私を何も変えては
くれなかった。
​
​
「いい出逢い
あるかもしんないよ♪」
​
​
それは
彼氏持ちのユッキの
余裕のセリフ、だった。
​
​
失恋の痛みを
消してくれるのは
​
次の恋。
​
​
そんな都合よく
忘れるコトなんて
本当に出来るのだろうか。
​
​
『彼』への気持ちが
MAXになって
​
さあこれから
というタイミングで
​
全てを無くした私にも
あてはまるのか。
​
​
私は未だあの恋に
未練たらたらで。
​
​
気がつくと
アタマの中で
​
『彼』のコトばかり
考えてしまっている。
​
​
あの日
​
『彼』の様子は
確かに変だった。
​
​
なのに、その気持ちを
知ろうともしないで
​
自分の欲望のまま
動いた私は
​
思いやりのないヤツだと
見限られたのか。
​
​
『彼』は学校も
退学してしまっているし
​
『彼』の連絡先も
わからない。
​
​
知っていたとしても
​
事実と向き合うのが怖くて
​
きっと
私は勇気を出せないだろう。
​
​
もう自己否定は充分してきた。
​
​
これ以上、誰かに
自分の弱さや不手際を
指摘されようモノなら
​
立ち直れそうにない。
​
​
私はすっかり恋に対して
臆病になっていた。
​
​
「すごいっスね~」
​
4WDの高級外車を愛でながら
溜息をついているのは
​
ユッキの彼氏だ。
​
​
「指紋べたべたつけちゃ
ダメじゃない!」
​
ユッキが彼氏をたしなめる。
​
​
ユッキの彼氏に会うのは
今日で3回目。
​
​
高1と高2の文化祭に
遊びにきていた。
​
​
メガネをかけていて
真面目そう。
​
​
でも
​
ふくよかなトコロが
いいヒトそうで
親しみやすい。
​
​
私たちより1コ歳上。
​
​
図書館で
借りたい本が被って
譲りあったのが
​
知り合ったキッカケ
だったそうだ。
​
​
彼氏の通う最高学府を
受験するんだ、と
​
ユッキは頑張っている。
​
​
ふたりして将来の目標は
国際弁護士になるコト
だという。
​
​
エスカレーター式に
学校推薦で
大学に進学しようとしている
私とは出来が違いすぎる。
​
​
車についた指紋を
ハンカチで拭くさまは
早くも姉様女房、って感じで
​
そんなユッキにアタマを
さげさせられてる様子に
​
「あいかわらず
尻に敷かれとるね~」
​
ジュンジュンが私に
そっと耳打ちしてきた。
​
​
「おし! 搬入完了!」
​
車のトランクを閉め
​
みんなを車に
乗るように促したのは
​
ジュンニイだ。
​
​
アゴヒゲに派手なシャツ
​
ジーンズが
いい感じでくたびれてる。
​
​
腰からチェーンを
ジャラつかせてるトコロが
ちょっとチャラいけど
​
いかにも
業界人、ってカンジだ。
​
​
「よろしくお願いします」
​
深々とお辞儀をする
ユッキペアに
​
「はいはい
よろしくね~!」
​
軽~い挨拶。
​
​
持っていた道路地図で
私のアタマを、ぽん。
​
「ヒメちゃん
ひさびさじゃん!!」
​
叩いたかと思ったら
​
その道路地図で
私のスカートを
​
ぴらんとめくりあげる!!
​
​
「ひッ!」
​
私はおもわず反射的に
蹴り飛ばしていた。
​
​
「あ、やっぱり
ヒメちゃんだ」
​
​
あまりにも
オトナびて見えたんで
​
「別人かと思って
スカートめくってみた」
​
と加害者で被害者な
ジュンニイが
​
笑いながら言い訳をする
その姿に
​
幼い頃の記憶が
まざまざとヨミガエル…。
​
​
落ち着きがなくて
イタズラが大好きで。
​
​
歳の離れた
私達をからかっては
​
怒られていた。
​
​
勉強を教えてやると
ドリルをとりあげて
​
全問、間違えていたり。
​
​
プリンにしょうゆをかけて
ウニだと偽ろうとしたり。
​
​
いつも妙な音楽をかけては
仲間達とノリノリで歌っていた
けれど。
​
​
「……」
​
カーステレオの
ボリュームもいっぱいに
​
この不思議な
民族音楽は何だろう…。
​
​
「車酔い大丈夫?」
​
ジュンニイが
ミント味のガムを
まわしてくる。
​
​
「遠足のバス
悲惨だったもんな~」
​
​
ジュンニイは要らないコトを
よく覚えていた…。
​
​
「ほら、隣りのお友達にも
ちゃんとまわせよ」
​
エラソウな命令口調。
​
​
ジュンニイに
冷ややかな目を向けながら
​
私は隣りのユッキに
ガムを差し出した。
​
​
「すいません。
ちょっと車止めてください」
​
ユッキの彼氏が
真っ青になっている。
​
​
「だから徹夜で
本読むのはやめてって」
​
彼氏を介抱しながら
​
ユッキの口から
厳しいセリフが
ポンポンと飛び出した。
​
​
「悪いけど、誰か
自販機でミネラルウォーター
買ってきてやってくれる?」
​
​
「アニキ、小銭ある?」
​
ジュンジュンもユッキも
対応が迅速だ。
​
​
「領収書もらってこいよ~」
​
ジュンニイときたら
相変わらずの脳天気さで…。
​
​
クールな視線を向けられ
何だかとっても嬉しそう。
​
​
相変わらず
変なおにいさん、だ。
​
​
「吐いちゃいなさい!」
「楽になるから!」
​
ユッキの彼氏が
強く背中を叩かれていた。
​
​
そんなコトを言われても
簡単に吐けるモノじゃない。
​
​
車酔いを克服する以前の
自分の姿を重ね
​
あのときの
喉の奥に上がってくる
熱いモノが
​
カラダの中に
甦ってくるようだ。
​
​
そう言えば
​
ミントの香りが
酔い止めになる、って
教えてくれたの
​
誰だったっけ。
​
​
「ほれ! アゴつきだして」
​
ユッキの彼氏の口の中に
指を突っ込んだのは
​
ジュンニイだった。
​
​
気管に入ったら危険だ、と
水を飲ませず
​
うがいをさせる。
​
​
意外にも、手慣れていた。
​
​
「ヒメ、昔、このパターンで
死にかけたコトあったよね」
​
​
あ!
​
「思い出した!!!」
​
​
このオトコはあろうことか
​
車酔いした小学生だった私を
逆さまにして…。
​
​
悪夢がまざまざとヨミガエル。
​
​
あのときは吐いたモノが
気管に入って
​
咳が止まらなくなって
苦しかった。
​
​
「アニキってば
あの後すごい落ち込んで」
​
​
ボーイスカウトに入って
勉強したんだよ、と
ジュンジュンの後日談。
​
​
「ミントティーとか
​
飲んでみろ、とアニキに
追い掛け回されていたり
したよね」
​
​
「…私の車酔いを
治してくれたのって
ジュンニイだったんだ」
​
​
「ヒメって
いっつもそうなんだよね」
​
​
「え?」
​
私はジュンジュンに
目をやった。
​
​
「昔のコト
何にも覚えてなくって。
​
大事なコトも、何にも…」
​
​
ジュンジュンは
そんな捨て台詞を残し
​
車に乗り込んでしまった。
​
​
「……」
​
何か棘がある言い方だ。
​
​
「ヒメは、特別!
記憶力悪すぎなんだから」
​
ふたりの会話を聴いていた
ユッキが苦笑した。
​
​
「ほら、おいてくぞ!」
​
ジュンニイが
運転席から手招きをする。
​
​
さっきまで助手席に乗っていた
ジュンジュンが
​
後ろの席に座っていた。
​
​
ジュンジュンが
機嫌を悪くする様なコト
​
私、何か
言っちゃったのかなあ。
​
​
「……」
​
助手席からミラーごしに
ジュンジュンの様子を窺った。
​
​
「助手席のが
酔いにくいでしょ」
​
その声に振り向くと
​
ジュンジュンが
私に笑いかけている。
​
​
よかった。
​
いつもと同じジュンジュンだ。
​
​
「……」
​
相手の顔色を気にして
深読みしてしまう。
​
​
悪い癖だ。